滅びの山の暗転後
(さあ、皆さん、映画のRotKの滅びの山のシーンを思い浮かべてください。溶岩に取り囲まれた二人がいます。ただしサムがほざいた「結婚するならロージーと・・・・」云々の台詞は脳内カットしましょう。もうすぐ暗転です。)
「お前がここに一緒にいてくれてうれしいよ。一切合財が終わる今、ここにいてくれてね、サム。」
わたしは額をサムの額にくっつけそう言った。
サムは泣いていた。
わたしたちは溶岩に取り巻かれた大きな岩の上に辛うじて逃れていた。
時間の問題だろう。すぐそこにはぎらぎらと熱した溶岩がとぐろを巻き噴煙が上がっている。サウロンの黒き血のように。どろどろと恐ろしい怒りの炎を上げている。
黒き国の悪しきはらわたが崩壊しすべて流れ出て、終焉を謳う協奏曲を狂ったように奏でている。
すべて終わる・・・。幕だ。
ここで、サムと一緒にすべての終わりを迎える。この探索行の。
「旦那、おかわいそうに。おらが代われるものなら代わって差し上げてえですだ。おらの指なんかだったら喜んでくれてやったのに!よりによって旦那のお手をこんなにして・・。」
サムのぐしゃぐしゃになった善良な茶色い瞳からは涙が溢れて止まらない。
「サム・・・・。」
旦那は何か言いかけて、しかし、言葉を飲み込んでしまったように黙り、そして安堵したようなそれでいて哀しみを讃えたような瞳をこちらに向けていた。
「お前をこんなところまで連れてきて、こんな目に合わせて・・・・、もうホビット庄には帰れなくしてしまった。すまない、サム。」
「旦那!何を言いなさるんです!おらは何があってもお傍を離れません。そう誓いましただ。それにこのまま終わりと決まっちゃいません。こうしておらたちまだ生きてますだ。旦那。望みを失っちゃいけません。」
「お前がそう言うなら、サム。望みを持とう・・・。」
ああ、そうするよ、サム。お前がそう言うならね。だがわたしには帰れるとは思えないのだ。いや帰る必要があるだろうか?探索行は成就された。それだけが目的だった。やっとすべてが終わった。これでよかったのだ。お前がこのときにそばに居てくれて本当に嬉しい。・・・お前と一緒に死ねるなら、私は最高に幸せだからね。
旦那はここでおらたちが死ぬとお思いだ。旦那が死ぬ・・・?おらと一緒に?そいつはいい、最後の最後までだんなと一緒に居れるんだから。旦那のお傍に最後まで居られる。これ以上の幸せがあるだろうか。いや、まて、まてよ!サム。旦那が死ぬのは嫌だ!旦那が居なくなったらもう旦那とこうやって話もできない。このお手も冷たくなるだ。考えてもみろ、ぞっとするじゃないか。お前どうするだ?サムよ。おらは旦那と一緒に生きていたいのよ!暖かい瞳が見たい。血の通った手を握り締めたい。旦那が「サム」って呼ぶお声が聞きたい!
おらは旦那の傷ついた手を胸の上に置き自分の手で優しく包んでいた。指から止めどなく流れる血。おらの手も血まみれだった。旦那の手をやさしく撫でた。旦那の白く長い指先。その手がなぞる紙の上にはいつも流れるような美しい書体があった。袋小路の書斎でよく目にしたあの白い手の面影は今はない。灰と埃と血にまみれ、残酷だった。その手には地獄の刻印があった。ゴクリが噛み千切った傷跡にそっと口付けた。生暖かい血の味がした。自分の頬を伝った涙の粒の味もした。血と涙がおらの唇の上で混ざり合った。血まみれになった手でおらは旦那の頬を撫でた。旦那の聡明な透き通った瞳がまっすぐこちらを見つめていた。静かな優しい眼差し。何故そんなに哀しい目をするのです?
痩せた肩を抱き寄せた。旦那は憔悴していて、わずかに驚きの色を浮かべたような気がする。おらは旦那の唇に口付けたのだ。
「愛しています!フロドさま。旦那様。おら、あなたが好きです!あなたが好きです!どうしようもなくあなたが好きだ。おら解りました。だんなを愛しています。」
そしてまた口付けた。ああ、そうだ。こうしたかった。旦那にいつでもこうしたかった!あなたが好きだ。どうしようもなくあなたが好きだ。今言わなければ終わっちまうかもしれない。あなたが好きだ!
そうしておらはだんなを両手で抱き長いこと封印してきた欲望に身を狂わせ口付けを繰り返し、髪の毛を撫でた。
「・・・サム」
そうしてどれだけの時間が過ぎたのだろう。次に気が付いたときは大鷲に運ばれていた。はるか眼下に凄まじい音を立てて崩壊しゆくモルドールの黒い国土が見えた。旦那は!?
おらは必死に旦那の姿を探した。もう一羽の大鷲が旦那をつかんでいるのが見えた。ほっと安堵した。そして鷲たちの先頭にはひときわ大きな鷲が飛行していた。背に誰かを乗せている。白い衣、白いひげ、・・・あれはまさか!ガンダルフなのか!?これは夢なのだろうか?ああ、もう旦那と二人で逝っちまったのかもしれない。だが良かった。旦那と一緒だ・・・。一緒でよかった。ガンダルフの旦那が迎えに来てくれたのだ。安堵と疲労の中おらはまた意識が薄らいでいくのを感じた。
次に目覚めたのは、ベッドの上だった。横には旦那が安らかな顔で寝ていた。それから、幾日も過ぎた。フロドの旦那は滅びの山で溶岩に囲まれた時のことを話すことも無ければ、何事も無かったかのように振舞った。もしかしたら旦那は覚えていないのかもしれない。おらの告白を・・・・。だとしたら、だとしたら、それでいいのかもしれない。元の通りの穏やかな旦那。あの狂おしい告白は旦那にはさぞや迷惑だっただろう。それで、何も言いなさらないのだ。それがお優しい旦那の答えなのだろう。けれどおらはたまにそんな旦那をちらりと盗み見る。旦那は前のとおりになったが、どことなく以前より静かだった。口数が少なくなった。何を考えていなさるのだろう・・・。
あれから、どれだけの月日が流れただろう。おらの頭はすっかり白くなった。歩くにも杖が手放せない。
今、おらの前にははるかに西に続く海が見える。波の音が聞こえる。入り江を抜けて、大海へ。あの向こうには旦那が待っている。さあ、おらを運んでおくれ、白い船よ。
(おわり)
<あとがき>
これは指輪秘密基地(リンクページにリンクあり)のろんろんさんのRotKねたばれチャットにお邪魔したときに出た話題から、思いついた短編です。溶岩のシーンで傷ついた旦那の横で突然女の話をするな、サム!という話になり、結婚式では相手が違うだろう、という話になり、アルウェンのキスシーンはいいから、サムフロのキスシーンを見せろ、とだだをこね、きっと滅びの山の暗転の後にゆっくり二人はキスしていたのだろう、いや、キスしてたから暗転にして隠したに違いない(^^;)、というしょうもない話でもり上がりました(笑)。で、本当に暗転の後を思いっきり自分の趣味に合わせて想像しちゃいました。ろんろんさん、ネタ提供ありがとうございました^^。