永遠
穏やかなまどろみ、私を包む花の香り・・・。
優しく柔らかな光が私を導くように揺らめく。
私はそっと目を開けた。
ロザリーは一晩泣きはらした目をしながら、それでも気丈に涙を流さないように背
筋を伸ばしていた。かつて、自分の青春時代、黄金の髪とサファイアの瞳もつ、憧れ
て止まないあの麗しの君とともにすごした幸せな思い出がそこかしこに今も息づいて
いるようなジャルジェ家の屋敷。今にも扉の向こうから、あの優しい笑顔が覗くので
はないかという錯覚さえ持つ。昨日の出来事は夢だったのだと思いたい彼女の心とは
裏腹に、現実が容赦なくロザリーを打ちのめす。
彼女は、かの君の部屋に座っていた。これほど辛い役を、まさか自分がするとは、
幸せだったあの娘時代には思いも寄らなかった。その部屋の主は己の寝台に黒髪の幼
馴染とともに横たわっている。2人とも、幸せそうな笑みを湛えた穏やかな顔で、今
にも楽しげに冗談を言い合いながら起き上がるかのようだ。しかしその笑い声にも、
優しい瞳にも永久に包まれることはないのだと、ロザリーは衣服の端をぎゅっと握り
締めた。
「泣いてはだめ、ロザリー。」
自分に言い聞かせるように唇を噛み締めた。
パリに出動し、共に銃弾に倒れたオスカルとアンドレの亡き骸を、ロザリーは夫で
あるベルナール・シャトレと秘密裏にこの屋敷まで運んできた。親国王派であるジャ
ルジェ家であるから、オスカルが衛兵隊とともに市民側に寝返ったことは、許しがた
いことで、そのため表立っては2人をこの屋敷に戻すことが不可能だった。途中まで
は衛兵隊の生き残りが手伝い、ジャルジェ家の門の前で皆は2人を敬礼とともに見
送った。衛兵隊の兵士たちは、戦闘で疲れ切った体に鞭打ち、パリからベルサイユま
で、身の危険を冒してまで2人を担いで歩いてきたのだ。
ロザリーが語るオスカルとアンドレの最期に、この家の当主夫妻は何も言わずに
じっと聞き入っている。当主は椅子に座って、肘を足に乗せて頭を抱え込むように。
そしてその妻は、寝台に横たわる自分の娘の髪をそっと撫でながら。
「オスカル様はおっしゃいました。ご自分はお二人の娘に生まれて本当に良かった
と。アンドレとともに幸せになるのだから、悲しまないでくださいと・・・。そして
どうか祝福を・・・と・・・。」
そこまで言うとロザリーは耐えかねるように肩を震わせた。涙を落としてはならない
と、唇をきつくきつく噛み締め、握り締めた衣服をさらに力を込めて握っていた。
ジャルジェ家夫人はうっすらと涙を浮かべ、それでいて穏やかで哀しげな微笑みを
浮かべた顔を持ち上げた。立ちあがって、ゆっくりロザリーに近づき、彼女を抱きし
めた。
「ありがとう・・・ロザリー。辛い役目をさせたわね。」
その温かな抱擁とねぎらいの言葉にロザリーは耐えきれなくて声をあげて泣き出し
た。
「さあ、ロザリー。泣かないで。あなたも一緒に祝ってやってくれるでしょう?私の
大切な子供たちの幸せを。」
「お・・・おくさま・・・。」
ジャルジェ夫人は再び寝台の娘の横に腰掛けて、オスカルの白い頬をなでた。
「オスカルは私の大切な娘。男として育っても、私にとっては娘以外の何者でもな
かった。そして私の6人の娘の中で、一番長い時を共にすごした大切な子なのです。
それから、この屋敷で大きくなった唯一の男の子のアンドレ・・・。2人とも私の子
供たちです。」
ジャルジェ将軍は相変わらず頭を抱え込んだままだった。泣いているのか、怒ってい
るかさえもわからない。ジャルジェ夫人がそっと夫に近づき、その肩を抱いた。
「あなた・・・。あなたの息子は、戦場で亡くなりました。でも、私達の大切な娘が
戻ってきたのです。私達は娘の幸せを祈ってやりましょう。あの2人の。さあ、あな
た。」
ジャルジェ将軍はやっと顔を上げた。目を真っ赤にして涙を止めることがでないまま
の顔がかすかに上下に動いた。
目を開けても、
そこにいると思っていた姿が見えない。
私はアンドレを求めて前に手を伸ばした。
誰もいない。
アンドレの名を呼んでみる。
何も応えない。
私は不安になった。
もう一度名を呼んでみる。
「アンドレ」
やはり応える声もなく、
私は手をさらに先に伸ばして彼の名前を呼び続けた。
なつかしい香りがしたような気がした。
私を安堵させる気配が一気に私を包み込んだ。
「そんな前に手を伸ばしても俺はいない。」
なつかしい声が私の後方から聞こえた。
私の腕を後から捕らえ、
そのまま私の体を抱きしめる腕。
「アンドレ。」
「俺はいつもお前を後から支えている。」
「ああ、そうだったな・・・。」
私はそのままアンドレの胸に身を委ねた。
穏やかで、懐かしい。
やっと会えた。
もうこの胸から離れない。
私達の永遠が今、始まる。
☆☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆☆
2人の、そして私達の(?)運命のあの日々を書かせていただきました。特に13日
と14日は、勢いだけで書いてしまった部分もあり、後から読み返すとわかりにくい
一人よがりな表現も多々ありますし、全てを伝えきれなかったと思いますが、今の私
が思い描く13日と14日です。
「楽園の夜」はやはりと申しましょうか(汗)18禁はおろか、R指定にさえなら
ず、ご期待を裏切った(?)かもしれませんが、ご容赦くださいまし。また「永遠」
は本来、予定にはなかったのですが、14日のことを書き終えて、私自身があまりに
悲痛を感じてしまって、思わず救いを求めて、このような文章を書いてしまいまし
た。ヅカばらのガラスの馬車は・・・想像しないで・・・(爆)。
それから「戦場」を書くに当たり、ご協力くださいました皆様にこの場を借りてお礼
申し上げます。執筆の原動力となる刺激を与えてくださったAya様、仏語のタイト
ルをご指導いただいたたまご様、そのほか、多くの皆様、ありがとうございます。
尚、タイトルの「La bataille 」を直訳すると「戦闘、会戦」ですが、ゲランの香水
「ミツコ」で有名な日本人女性ミツコがヒロインの小説のタイトルと同じく「戦場」
という訳にいたしましたことをお断り申し上げます。