戯曲 ベルサイユのばら
登場人物
オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ
アンドレ・グランディエ
マリー・アントワネット
ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン
アラン・ド・ソワソン
ジェローデル
ルイ15世
ジャルジェ将軍
ダグー大佐
ショワズール
ポリニャック夫人
影1
この舞台は二つの時間軸が交互に表れる形式で進行する。
便宜上AとBと呼ぶ。
Aは順行する時間であり、Bは逆行する時間である。時間はゆるやかに置かれているに
すぎない。
Bでは背景、大道具、小道具、衣装すべてモノクロ。登場人物は大かれ少なかれマスク
(仮面)を着用する。顔全体を覆うマスクを着用するものもあり、目だけを覆うマスクの
者もある。
マスクは社会性、パブリックな感じ、反面の偽善、虚偽を象徴するものとして扱う。
偽善・虚偽を悪と決めてかかることではない。社会を生きるうえで、自分を偽らずにい
られる者はいない。
ほとんどの人間は朝、家を出る瞬間に社会人としての顔になる。人によっては自室を出
た瞬間に社会人の顔になるのかもしれない。それくらい自然にわれわれは社会に参加する
ために、素の自分を抑えようとする。それは当然のことであり、社会人としての義務でも
ある。この舞台でのマスクもそのようなものなのである。
偽善というとどぎつく、悪いイメージが強調されるが、むしろスムーズに社会生活を営
むために選び取られた偽善であり、虚偽である。逆にその配慮がない者は非常識として糾
弾されるであろう。
それらはそのままあるもの、という位置づけでこの舞台は進行する。
ただ、例外は存在する。アンドレはBの時間であろうとAの時間であろうと、モノクロ
を身に纏うことはないし、マスクも着用しない。(勿論アンドレも人間である以上、偽善
等と無縁というわけではない)
対してオスカルの衣装は常に白である。これはオスカルのイメージが白であることと、
モノクロのBでは、モノクロとしても見えることを計算にいれてある。
黒だけの衣装も存在する。影1をはじめとする影たちである。また、影1は常にアンド
レの衣装の黒を着用する。影はアンドレのアンチテーゼとして存在するものだからである。
影2以下影たちは黒い市民の服装を着用する。
であるから、Bの登場人物は純白、黒を用いないように注意する。ライトグレーから黒
に近い灰色までのグラデーションのなかから色を選ぶ。白を身にまとう場合、たとえば
ウェディング・ドレスでも、ライトグレーを用いる。
舞台Bは背景は宮中をモチーフとする。装飾のついた柱、その間に椅子を並べただけ、
というのが望ましい。しかし、黒と白の機能的な現代的なコンサートホール、コンクリ
ートを打ちっぱなしのモダンな住宅のようでもいい。室外もあるので、その場合は寒冷紗
の円形の帷のものを垂らす。
プロローグ A。カーテン前。
オスカル登場。 ブラウスにキュロットという出で立ち。
オスカル 私は今まで男として生きてきた。貴族の家に生まれ、否応なく、父の後を継ぐ
武官となるために男として暮らすことを余儀なくされてきたのだ。
私は後悔はしていない。男として生きてきたおかげで、女性でありながら、社会を知り
社会の中で生きることを許されてきたのだ。生きているという実感を味わうこともでき
たのだ。
誰それの夫人、誰それの母としてではなく、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェと
して生きることができたのだから。
失ったものも多かったけれど。
オスカル、椅子に腰掛ける。
カーテン開く
第1場 A。オスカルの居間。
暗い室内。
アンドレ登場。従僕のお仕着せ。
アンドレ オスカル、どうした、あかりもつけないで。今、蝋燭をとってきてやる。
オスカル そのままにしておいてくれ。
そのままにして、そばにきてくれ。おぼえているか?私たちがはじめて会ったときのこ
とを?
アンドレ どうした、急に。おぼえているとも。俺のおふくろが死んで、ジャルジェ家に
引き取られることになったのは、たしか8歳のときのことだったな。
少年が二人登場。一人は金髪で羽を隠した天使のような美しい少年。
白と金色を基調にした貴族の階級が着るようなふだん着を着ている。
もう一人は黒髪の、やんちゃそうな少年である。
紺色の、麻のよそいきの服を着せられている。
小オスカル はじめに言っておく。ぼくがほしいのは遊び相手じゃなくて、剣の相手だ。
小アンドレ (びっくりして声も出ない)
小オスカル さぁ、庭にでるよ!早く!
小アンドレ は・離せ!
小アンドレ、舞台中央にでる
小アンドレ お嬢様だって、聞いていたのに・・・お婆ちゃんの嘘吐き!
小オスカル、かまわず近づいてきて剣を一振り小アンドレに渡す。
小オスカル さぁ、いこう!
小アンドレ 何を、負けるもんか!
少年たちは、じゃれあうようにして退場。
オスカル、その姿を淋しそうにみつめる。もしかすると、泣いているの
かもしれない。
オスカル なぜ、年月はこんなにも早く過ぎ去ってしまうんだろう。なぜ、子どもは大人
になり、苦しみのなかに、我とわが身をおき・・・
アンドレ、オスカルの腕を掴む。
アンドレ フェルゼンに会ったのか?そうだな、何かあったのか?オスカル、何かあった
んだな!
オスカル 放せ、放せアンドレ!
アンドレ 嫌だ!・・・おまえを愛している。
俺が恐いか!さぁ、オスカル。わめくがいい!さけぶがいい!殺されたってかまわない
おまえを愛している。
アンドレ、強引にオスカルを抱きしめ唇を奪う。
アンドレ オスカル、いつの頃からだろう・・・おまえの煙るようなブロンドの髪が、鼻
さきをかすめて揺れるたびに、その夜の色をした絹糸のような睫毛に縁取られた、冬の
オリオンを浮かべる瞳に出会うたびに・・・稟として閉ざされた唇から、おまえの生き
た、芳しい吐息のもれるたびに・・・俺の身体のずっと奥の方から、なにか熱っぽいも
のがこみ上げてきて、俺を落ちつかせてくれなくなったのは。
オスカル、アンドレの腕から抜けだそうともがく。
アンドレ オスカル、動くな!動かないで聞け!
10何年もおまえだけを見て、おまえだけを思ってきた。他の女などに目を向けたこと
はなかった。
オスカル (つぶやくように)それで、どうしようというのだ。
アンドレ、はっとしたようにオスカルを開放する。
オスカル、それで、どうしようというのだ、アンドレ。
今度ははっきりとした口調でオスカルは言う。糾弾するような響きはない。
ただ、限りなく淋しい響き。
アンドレ、うなだれて立ちあがる。そして、自分自身から逃げるように立ち
去る。オスカル、ゆっくりと立ち上がり、そして顔を背けたまま、アンドレ
とは反対の方向へ立ち去る。
カーテン
第2場A。衛兵隊詰所。
殺風景な屋外。20世紀の私立の高等学校のグランドのような感じ。遠景に
巨大な建物がみえる。そこに衛兵隊士が数名屯している。全体にくずれた雰
囲気。
衛兵隊士1 おい、聞いたか。今度の隊長、女だって言うぞ。
衛兵隊士2 たまんねぇな。お偉方は何を考えていることやら・・・ま、いいけどさ。
給料さえちゃんと払ってくれるんなら。
衛兵隊士3 違えねぇ!まぁ、今までの隊長と同じことさ。上官なんて、司令官室でふん
ぞりかえっているだけさ。さっさとご退散願おうじゃねぇか。ここは前線なんだ。女な
んかに勤まる職場じゃねぇんだってことを、たんまり覚えてもらって、さ。
衛兵隊士1 さっき小耳に挟んだんだけどよぉ、なんでも自分の従僕を連れて来るんだと
さ。特別入隊の手続きがどうのこうの、ダグーのおっさんがてんてこ舞いだ。
衛兵隊士3 従僕つきの隊長ってか!聞いたこともねぇな。・・・けっ、お貴族さまの道
楽にも困ったもんだ。なぁ?
頷く衛兵隊士たち。
衛兵隊士4 なぁ、アラン。どう思う?
アラン ・・・くだらねぇ・・・どうでもいいじゃねぇか?変わんねぇさ、誰が隊長だっ
てよぉ。どうせ、俺たちは屑さ。屑には屑の隊長がお似合いなんだろうさ。
失笑がもれる。
衛兵隊士3 だけどよぉ、戦闘では隊長の質が勝負を決するんだぜ。
アラン 戦闘だと!笑わせるねぇ。ありゃしねぇよ、そんなもの。
この先も何にも変わらねぇぜ。屑はいつまでたっても屑なんだよ、全く。つまんねぇな
何か面白いことは起こらねぇかな。
そうだ、そうだ、という声があがる。アランは振り返りもしない。
オスカル、アンドレを従えて登場
オスカル なんだ、ここは!ここは穀つぶしの溜まり場か?
オスカルを取り巻く衛兵隊士たち。
衛兵隊士3 おまえ、何者だ!
オスカル オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。おまえたちの上官になる。
驚く兵士たち。
衛兵隊士1 明日からじゃないのか。
衛兵隊士5 たまげたねぇ・・・
ダグー大佐 隊長、こちらにおられましたか。事務処理は終了いたしました。
オスカル 只今より閲兵を行う。直ちに整列せよ。
衛兵隊士4 おい、アラン。たまんねぇぜ。
衛兵隊士2 (アンドレをさして)あの男は何だ?
衛兵隊士6 アレが、ソレか?
隊士6小指をたててしなをつくる。
アラン しゃらくせいなぁ。隊長さんよぉ、ここは男の職場だ。女には用はない。第一こ
こは女人禁制なはずだぜ。まぁ、これだけの美人だ。夜に忍び込んでくるならいつでも
歓迎するけどよ。
抱き合うふりをする隊員たち。露骨に嫌らしい表情を見せつける。
アンドレ てめぇら!
オスカル (アンドレを制する)聞こえないのか?整列せよ!
衛兵隊士4 やなこった!
ダグー大佐(おろおろしながら)諸君!早く並んで・・・
アラン うるせえ、引っ込んでろ!
お聞きの通りだ。ここは女の出る幕じゃない。早々に引き下がることだな。
そうだ、出ていけ!の怒号が飛ぶ。
衛兵隊士6 女の下でなんか働けるか!
オスカル ふふ・・・のっけから私を女性扱いしてくれたのは衛兵隊だけだ。嬉しくなっ
てしまうではないか。さっきから女・女と言いたい放題だが、この中に一人でも私に敵
うものがいるのか。
アラン おう、このアラン様が相手になろうではないか。
衛兵隊士5 やれやれ!アラン。士官学校仕込みの腕を見せてやれ!
オスカル、一瞬 おっという表情をするが、すぐに表情を引き締める。
オスカル ダグー大佐、入口をしめて誰も入れるな。それから、どちらが勝っても負けて
も一切お咎めなしだ。よいな。
アンドレ オスカル!
オスカル、アンドレを見てニッと笑う。おもむろにオスカルとアラン、剣を
交える。勝負はなかなかつかない。が、ちょっとの隙をついて、オスカルが
辛うじてアランを押さえ込む。
剣を放り出すアラン。
アラン ちぇ、しかたねぇ。閲兵式をやってやるぜ。だけどな、覚えておくんだ、俺たち
はまだおまえさんを認めたわけじゃない。
オスカル 覚えておこう!
カーテンが閉じる
アンドレ、ただひとり舞台にのこる。
アンドレ オスカル。あれからおまえは何事も無いように振る舞っている。でも、俺には
わかる。おまえはおまえ自身を許せないでいるのだ。だからこそ、自分を痛めつけるよ
うな行動をとっている。
それがわかって、それでも俺はおまえから離れることができない。こうしてそばにいる
ことさえ、苦しくてたまらないのに。
拒絶するならはっきり拒絶してほしい。そうなら、辛くとも俺がとるべき道は見えてく
るのだろう。
なのに、おまえは俺に拒絶ではなく、許容でもなく、純粋な信頼を返してくる。だから
かえって、俺は何もできなくなる。
俺は蜘蛛の糸にがんじがらめにされてしまったように、動くことすらできない。おまえ
のそばで、餓えた亡者のように漂っているだけだ。
情けない男だ、俺は。
影1登場。アンドレと同じ衣装だが、黒。
影1 そうだ、おまえはそんな男だ。情けない意気地なし。そのくせ欲望だけは人一倍強
いのだ。そう、あの女を襲ったおまえ。獣のように欲望に負けて、簡単に屈伏してしま
ったおまえ。それが本当のおまえだ。
あっはっは・・・それがおまえだ。おまえだ。おまえだ・・・
アンドレ やめてくれ!
影1 やめてやろうか。楽になるぞ。逃げろ!逃げればいいのさ。
あの女の元から、さっさと逃げだせ。そうすれば、楽になる。おもしろおかしく暮らす
事もできる。
アンドレ 逃げる・・・そんなことできるはずがない。今オスカルを一人にしてしまった
ら、あいつは壊れてしまう。
影1 壊れる・・・あっはっは・・・壊れるんじゃない。おまえが壊すんだ。
「オスカルのため」そう言いながら、おまえは自分にとって心地いい世界を作ってしまっ
ただけなのさ。カプセルのなかにあの女を閉じ込めて、二人だけの世界を作り上げてし
まった。だから、あの女は一人では何一つできなくなってしまった。そうさせてしまっ
たのはおまえではないか。笑わせるな。
そして、今その中からあの女が出ていこうとすると、泣いて縋る・・・みっともない男。
おまえのしたことは、そういうことだ。
アンドレ 俺はオスカルのためにならない・・・・?
アンドレ、蹲まる。耳をおさえて。影1、大笑いをしてアンドレの回りを回
る。そして、退場。
暗転
カーテンが開く
第3場B。宮殿の中庭。
モノクロの時間。ここでは月さえも色を失っている。
ここでの登場人物はすべてモノクロの衣装を身につけている。髪飾りから
ご婦人方の小さな絹の靴下にいたるまで、すべてモノクロである。
人間はあえて偽わろうという意識はなくても、自分を飾ろうとした時点で、
自分を許容できないというだけで、すでにモノクロを身にまとうことにな
るだろう。
己の身のうちに潜む闇が暗ければ暗いほど、黒に近い灰色をまとうことにな
るのだ。
寒冷紗の円形の帷が静かに下りてくる。
恋人の丘で闇に紛れて密かに抱き合うカップル。限りなく黒に近い色の衣装。
アントワネット フェルゼン。首飾り事件で、民衆がわたくしをどう思っているのか、知
ることができました。王室に塗られた侮辱に歓呼する民衆たち。おお、なんという!
平民はともかく、貴族までが私が侮辱されるのを喜んでいるなんて。私が何をしたとい
うのでしょう。?
フェルゼン アントワネット様。
アントワネット いえ、何も言わないで。どうか、抱いてください。私は怖いのです。
わかっているのです。なにをしたかではなく、何もしなかった、それが問題なのだとい
うことは。
わかっていて、それなのに、これからどうしたらいいのか、どうするべきなのか、それ
を知りません。怖いのです。怖くて怖くて、足が竦んで立っていられないのです。
もう、手遅れなのではないでしょうか?
フェルゼン なんとおいたわしい。私に力があれば、あなた様の楯となってあなた様を守
ることができるのでしょうに。あなた様の苦悩を取り除いて差し上げられるでしょうに。
なのに私は噂になることをおそれて、公には何もできません。
許してください。私はあまりに無力です。
アントワネット いえ。あなたがいなければ、アントワネットは生きていられなかったで
しょう。あなたがいるから私は生きられる。私は今まで、自分は運命に愛されている幸
せな女だと思っていました。そう、今までは。
偉大なるマリア・テレジアを母としてオーストリア皇女として生まれ、フランス王太子
に嫁ぎ、今はフランス王妃。人は皆、私を幸運な女性と言います。
傍にはどううつろうと、どれほど贅沢品に身を窶していても、幸せではありませんでし
た。そればかりか、自分の不幸を再認識させる役割しかもちませんでした。
あの母の娘として生まれたことが、不幸の始まりだったのです。そのことを、私自身で
さえ気づかなかったのです。今はハプスブルグの血が憎い。
けれど気づいてしまった!気づいてしまった以上、無理を重ねることはできません。
フェルゼン、アントワネットをそっと抱きしめる。
フェルゼン もう、何もおっしゃいますな。フランス王妃である女性を愛した私の運命で
ございました。私はすべてを捨てる覚悟がついております。母国を、家を、父を、友を
捨てて悔いはございません。
(ささやくように)アントワネット様、わが女王陛下!
アントワネット ありがとう。心から女王と呼んでくださるのはあなただけです。
すべてが私を見捨てて去っていってしまいました・・・大事なもの、貴重なものは皆指
の間からこぼれ落ちて、手の届かない彼方へ。残っているものはまだ私をダシに利権に
ありつこうとするハイエナばかり。もう、何も残ってはいないでしょうに・・・
こんなになっても人間は、欲から抜け出すことはできないのですね。
私が人生と踊り、たわむれていただけなのに、こんなになってしまいました。仕方のな
いことなのかもしれませんね。私はフランス宮廷を捨てたのですから。
アントワネット、フェルゼンの腕から抜け出し、舞台中央部へ。
スポットライト。
アントワネット 私が宮廷を捨てたのかしら?それとも捨てられたのが私なのかしら?
暗転・カ−テンが閉まる
オスカル登場。
オスカル フランスは混迷を極めている。
まるで何者かが悪意をもって、わがフランスに混迷を送り込んでいるようだ。蠢く得体
のない黒い影。それに踊らされる人間たち。
欲望や嫉妬がどろどろの膿になって、今にも皮を突き破って溢れてきそうだ。神は人間
に何をお望みなのだろう・・・わからない。ただ、何かがおこるような予感がする。
カーテン開く
第4場A。ジャルジェ邸。
貴族の屋敷。重厚なひろびろとしたホール。
泣いている乳母。
オスカル・アンドレ登場。二人とも軍服を着用。
オスカル 婆や、何を泣いているのだ?
婆や 旦那様が、オスカル様に結婚を!
オスカル 何だと、結婚?
オスカル、アンドレと顔を見合わす。弾けるように駆けだすアンドレ。見守
るオスカル。
そこへジャルジェ将軍、ジェローデルを従えて登場。
ジェローデルは、刺繍のみごとな礼服を着用。
ジェローデル 隊長、お久しゅうございます。
オスカル ジェローデル大尉、これはなんの冗談だ!
ジェローデル いえ。大尉ではございません。ただいまは少佐でございます。
この幸せをわかっていただけるでしょうか。美しいあなたの正式な求婚者として、お父
上にこの屋敷への出入りをゆるされました。
ジャルジェ将軍 オスカル、ジャルジェ家には跡継ぎが必要なのだ。幸いジェローデルは
長男ではないそうだ。うむ、彼とふたりでジャルジェ家を継ぎ、私は引退を、と。
オスカル 横暴でございます!!
オスカル、退場しようとする。それを遮るように立つジェローデル。
ジェローデル マドモアゼル!
オスカル どけ!今の話は忘れてやる。
オスカル、ジェローデルを押し退けて退場しようとする。
ライト消える
アンドレ下手から登場。スポットライト。
アンドレ オスカルが結婚?誰かのものになってしまう・・・?
嘘だ!嘘だ、誰か嘘だといってくれ。
アンドレ、虚空を抱きしめ髪をなでるしぐさをする。
アンドレ 届くのに、この手をのばしただけで。おまえの白い顔が、黄金の髪が。こんな
にもすぐ目の前に。
手をのばして、きっとまた抱きしめてしまう。誓いを破ってその唇を奪ってしまう。だ
から!あ・・あ、だから・・・いつまで逃げていればいいんだ?いつまで・・・
アンドレ、虚空に両手をのばす。
アンドレ どんなに低くてもいい、貴族の身分さえあれば・・・身分さえあれば・・・誰
にも渡しはしない。おまえを花嫁にするために、立候補するよ、あいつのように、正々
堂々、名のりをあげて。
駄目なのか・・・どんなに、どんなに愛しても。身分のない男の愛は無能なのか。
この命と引換えに、地の果てまで愛しても、それでも駄目なのか?
それでも駄目なのか!
アンドレ、闇に消える。
オスカル、上手から登場。スポットライト。
オスカル マドモアゼル?はじめて言われた。ムッシュー、ムッシュー・ル・コント。そ
れが私に与えられた称号だった。
父よ、この生き方を強いたのは貴方だ。私に他の選択肢などなかった。それなのに、今
更、私に女に返れというのか?では、私の人生は一体何のためだったのだ!あの18の
日にフェルゼンの前に男としてしか存在することを許されなかったのは、何のためだっ
たのだ!
ジェローデル奥手中央から登場。スポットライト。
ジェローデル なぜ、そんなに背伸びをするのです。背伸びをおよしなさい。
あなたもほしいと思ったことがあるはずだ。暖かい暖炉や、やさしいまどろい。へいぼ
んな女性としての幸せを。
拒みつづける自分に涙する日もあったはずだ。
ずっと、貴女だけを見つめてきました。どんな時でも、私には貴女を女性としてしか
見ることができなかったのです。
私のこの胸でよければ、いつでも、いつまでも、あなただけをうけとめる用意がありま
す。
ジェローデル、オスカルの手をとり、抱き寄せる。
ジェローデル なにもかも、胸につかえた悲しみや、肩にせおった苦しみを、みんな私に
あずけてください。愛しています。美しい方・・・
ジェローデル、オスカルにキスをする。
突然、オスカル、ジェローデルを突き飛ばして駈ける。
ジェローデル闇に消える。
オスカル 違う!違う・・・私の知っている唇は、あ・・そうだ、もっと熱っぽくて、弾
力があって、すうようにしっとりと私の唇を押し包み、忍び込み・・・私の知っている
口づけは・・・
アンドレ・・・!
あ・・どうして、こんなに身体中が熱くなるのだ?とけてしまいそうに。この甘いうず
きは何だ?
暗転・カ−テン
第5場B。モノクロの宮殿。
ベルサイユ宮殿の大広間。華やかな舞踏会が催されている。
モノクロの衣装に身を包んだ貴族・貴婦人たち。しかし、モノクロの群集
は、有象無象の影が寄り添い、分散していく様にも見える。欲望や、見栄、
虚栄、それらの様々な欲が蠢く様はおぞましい。
メヌエットを踊る貴族たち。いづれもマスク着用である。マスクは鮮烈な
白であり、無機質な笑みを浮かべている。「オペラ座の怪人」のマスクの
ような、あるいは「犬神家の人々」の佐清のマスクのような・・・
貴婦人1 まぁ、ご覧あそばせ、王妃さまの羽飾りの見事なこと!
貴婦人2 ランバール公婦人も先日おもとめになったそうでございますけど、なんといい
ますか、物がちがいますわね!
貴婦人1 奥様、お気をつけられた方がよろしいですわ。B夫人のところでは、羽飾りの
支払いをめぐって喧嘩が絶えないそうでございますもの。C夫人のところは荘園を売っ
て買い求めたそうですわ。それにひきかえ、王妃さまは流石でいらっしゃる。
貴婦人3 まことにロココの女王とは、王妃様のことですわね。
王妃様のようになりたい、王妃様のように・・・という呪詛のような囁き
が次第に大きくなる・・・
王妃がどれほどのものだというのだ、俺のほうが、という男声の呪詛がか
ぶさる。
貴婦人2 まぁ、またポリニャック夫人がいらっしゃいましたわ。
貴婦人4 今日もパリへお忍びのお誘いなのかしら?それとも、また賭博?
貴婦人1 最初はこっそりだったのに、最近では賭け金が大きくなっているようですわ。
国王様からはただ一度だけとお許しをいただいたのに、やはり、王妃様は病み付きにな
ってしまわれて。
貴婦人2 そして、毎晩どっさりお金がポリニャック夫人のもとに転がり込む、という案
配ですのね。税金ですのに。いつになったら気がすむのかしら。
貴婦人3 あら、オスカルだわ。久しぶりね。
オスカル、アンドレをともなって登場。オスカルもマスクをしている。オ
スカルのマスクは心持ちさびしそうな表情を浮かべている。
そのためか、あるいは衣装も純白であるため、白のいかがわしさは感じら
れない。
アンドレだけがモノクロではない衣装を身につけ、マスクも着用していない。
しかし、紺または茶色の地味な色である。
二人の登場で、人垣が自然に割れて舞台を二分する。
アントワネット、取り巻きを引き連れて登場。色はミディアムグレ−。
アントワネット まぁ、オスカル。久しぶりですね。
オスカル おそれおおうございます。アントワネット様。
アントワネット ちょっと退屈していたところなの。これからパリへ行こうと思うのだけ
れど、警護としてついてきてちょうだい。
オスカル 畏まりました。
アントワネットを先頭に一同退場。
ポリニャック夫人だけが残る。ポリニャック夫人の衣装は黒に誓いグレー
であるが、レ−ス類はライトグレーである。個性のハッキリした長身の俳
優が演じることが望ましい。ポリニャック夫人、マスクをはずす。
ポリニャック夫人 最近はあのフェルゼン伯爵でさえ最近宮廷には姿を現さなくなった。
王妃様を操りポリニャック一族が栄華を極めるまで、あと一歩。残るは目障りなオスカ
ルただ一人。彼女はただの近衛兵ではない。いつか、必ず私の邪魔をするようになる。
見ていらっしゃい。邪魔はさせないわ。
暗転
第6場 B。モノクロの街灯。
時間的には第5場の続き。衣装も第5場と一緒。
宮殿の中庭。鬱蒼と木が繁りあうあたり。円形の帷が下りている。
月は見えない。街灯がぽつんとあり、周辺部の闇を際立たせている。
オスカル登場。マスクはしたまま。
オスカル 今日もフェルゼンは宮廷に伺候していない。おそらく、噂になるのを恐れて、
深更の刻限にひっそりこの庭園に現れ、あの方を待つのだろう。
ああ、彼が来た。
フェルゼン登場。マントで姿を隠すようにしている。街灯の足元に身を隠
すようにたたずむ。
アントワネットも少し遅れて登場、二人上手に寄り添うように座る、アン
トワネットフェルゼンにもたれるように頭を寄せる。
オスカル おいたわしい。王妃様ともあろうお方が。王族に生まれたばかりに初恋も知ら
ぬうちに嫁がせられ、国家への義務のためにお世継ぎを産んで・・・私なら我慢できな
い・・・
オスカル、そっと身を翻し退場。
入れ違いにアンドレ登場。
アンドレ オスカル、どこだ?
はっ、と闇の中の人影を見つける。オスカルの去った方を見る瞳には悲し
さが宿っている。
アンドレ オスカル・・・かわいそうに。仕事とはいえ辛い役目、だ。
初めて恋したフェルゼンとアントワネット様の逢い引きの警護をしなくてはならない。
どんな格好をしていようと、間違いなくおまえは女性だ。こみあげる思いをひとりで
は抑えきれなくなることもあるのだろう。とくにこんな夜は。
決して自分を振り向いてくれない相手を思って、おまえはまた涙を見せずに泣くのだ。
そんなおまえを見るのは辛い。俺にとっての永遠の女性はおまえだ、オスカル。
おまえの心を誰かがさらっていくのを、ただ黙って見つめていなければならない。
影1、忍び寄るように登場。
影1 ふっふっふ・・・殊勝なことを思っていても、おまえはアンドレ・グランディエ。
所詮、おまえはおまえでしかないのだ。いつか、自分のなかの「闇」に気づくだろう。
いつか、自分自身と向き合わねばならなくなる。
その時が楽しみだ。
アンドレ、静かに立ち去る。影1、アンドレの3歩ぐらい遅れて同様に
立ち去る。
カ−テン
第7場 A。馬車のなか。
パリの留守部隊に向かうオスカルとアンドレ。豪華な内装の馬車である。
二人は軍服を着用。
影1、影2も馬車に同乗している。しかし、二人には見えない。影1はア
ンドレと同じデザインだが、黒の軍服を着ている。影2は市民の服装。た
だし、黒である。
オスカル アンドレ。浮浪者が増えてきているな。
この道を何度アントワネット様のお供をして通ったことだろう。仮面舞踏会、お茶会、
慰問・・・けれど、アントワネット様は一度として、民衆の生活をお訊ねにならなかっ
た。ご自分が幸せなら、皆も幸せだと思っておしまいになった。それを誰もお諌めする
方はおられなかった。
いや、いないわけではなかったのだ。けれど、あの方はそれを疎まれた。お気に入りだ
けをお側におかれた。残念だ。
アンドレ オスカル・・・アントワネット様に、せめておまえの半分も物が見えていたら
・・・
影1 そんなにも、おまえにはこの女が素晴らしくみえるのか?只の脆い女にすぎない。
誰かにすがりたい、頼りたいと、そんな甘えを自分に許している、馬鹿な女だ。
アンドレ おまえは誰だ、なぜそんなことを言う!
俺のオスカルにあだなす奴、許せない。ここから出ていけ!
影1 いいのか。俺たちが出ていって。
アンドレ 俺たち?
影2 そうさ、俺たちさ。僻み・妬み・羨望・憎悪・恨み。おまえの心を見てみるがいい。
押し殺しても、押し殺しても、それでも消せないおまえの弱さ、醜さ。われわれはおま
えの心の闇。闇が実体を持ってしまったのがわれわれなのだ。
そう、われわれは実体をもってしまったのだ。われわれは目的のためには手段を選ばない。
おまえはわれわれを押し殺しすぎたのだ。抑えれば抑えるほど、反発する力は増してい
く。モハヤワレワレヲ、オマエニモ消スコトハデキナイ。
黒い衣装の男たち登場。いずれも簡素な市民の服装をしている。
アンドレ (影1に)目的?目的って何だ?
影1薄く笑うだけで、答えない。おもむろに馬車から下りる。
しかし、オスカルには一連の問答も、影たちも見えていない。
オスカル いや、私の力不足だ。私ひとりでは何にもできない。おまえがいないと。
オスカル、信頼を込めてアンドレを見つめる。
アンドレ動転して、オスカルから目をそらす。影2、上手に移動する。
影2 おおーい、貴族の馬車だ!
市民多数登場。手に手に武器の様なものを持っている。鎌のようなもの、
丸太など様々。
市民1 貴族だ、やっちまえ!
市民2 おー!
突然、馬車が軋む音がして大きく揺れる。男たちが手に棒や釜などを持っ
て馬車に乱入してくる。咄嗟にオスカルを庇うアンドレ。
暴力はさらに激しさを増す。
市民3 貴族を殺せ!
アンドレ オスカル、逃げろ!
オスカルとアンドレは次第に引き離される。
オスカル 違う、貴族は私だけだ!彼は貴族ではない!
アンドレ 何をやっている!おまえだけでも逃げてくれ!
市民2 武器だ、武器を取り上げろ!
オスカル 武器?なぜ武器なのだ?
アンドレ 頼む、逃げろ、逃げてくれ!
銃声が響く!フェルゼンがピストルを宙に向け発砲しながら登場。
市民がひるんだ隙を狙って、フェルゼンがオスカルを引きずり出す。
フェルゼン オスカル、何をやっている!こんな馬車でパリに乗り込むなんて自殺行為だ。
オスカル フェル・・ゼン・・・(はっとしたように)アンドレはどこだ?
私のアンドレ!
フェルゼン 私のアンドレ?・・・そうか、わかった。アンドレを助け出したら辻馬車を
拾え!できるだけ見すぼらしいのを!
フェルゼン、市民の中に立ち向かっていく。
オスカル 私のアンドレ。いま私はそう言ったのか?
市民の輪の中からアンドレが出てくる。ぼろぼろになって、オスカルの前
に倒れる。オスカルはアンドレの肩に手を貸してゆっくり歩きだす。
オスカル フェルゼン、どうか無事で。アンドレ、大丈夫か?歩けるか?今、馬車を拾っ
てやる、だから、頑張ってくれ。
アンドレ オスカル、すまない
カーテン閉じる
第8場 A。夜のジャルジェ家のエントランス。
カーテン前。街灯が灯る通路。オスカル、ジェローデルを伴って登場。
ジェローデル、さらに豪華な衣装で登場。オスカルは軍服。
ジェローデル 私にお話とは?オスカル嬢。
オスカル ジェローデル、いつぞやの話のように、本当に私を愛してくれているか?
ジェローデル いつわりなく、あなただけを愛しております。
オスカル 誓ってまことの愛か?
ジェローデル 誓って!
オスカル では、ジェローデル少佐、愛はいとしい人の不幸せを望まないものだが・・・
もちろん?
ジェローデル もちろん。
オスカル ここに一人の男性がいる。彼は・・彼はおそらく、私が他の男性に嫁いだら生
きてはいけないほどに、私を愛してくれていて・・・もし、彼が生きていくことができ
なくなるなら・・不幸になるのなら、私もこの世でもっとも不幸せな人間になってしま
う!
ジェローデル それは・・・アンドレ・グラディエですか?
オスカル、静かに頷く。
ジェローデル 彼のために、一生誰とも結婚しないと・・・彼を愛しているのですか?
オスカル わからない。そのような対象として考えたことはなかった。ただ、兄弟のよう
に・・いや、多分兄弟以上に、喜びも苦しみも・・青春のすべてをわけあって生きてき
た。そのことに気づきさえもしなかったほど、近く、近く魂をよせあって。
オスカルとジェローデル、暫し見つめ合う。
ジェローデルが先に目をそらす。
ジェローデル 彼が不幸になればあなたも不幸になる。それだけで十分です。納得しまし
ょう。なぜなら、あなたが不幸になるなら、私もこの世で一番不幸な人間になるからで
す。受け取ってください。ただ一つの愛の証です。
身をひきましょう。
ジェローデル。恭しくオスカルの手をとって口づける。そして、歩きだす
オスカル、その後ろ姿をいつまでもみている。
暗転
カーテン開く
第9場 B。モノクロの結婚式
フランス王太子とオーストリア皇女マリー・アントワネットの結婚式。
登場人物は全員、モノクロでレースや飾りがたくさんついた仰々しい衣装。
さらに滑稽なほど立派なマスクを着用。
コンビェーヌの城。モノクロのもつ無機質さを強調する、機能的な現代の
ホールのよう。
国王ルイ15世、王太子、その他の親族・貴族が花嫁の到着を待っている。
白々しいお世辞、たいぎょうなため息。勿体ぶったお辞儀。内心の猜疑。
儀式であるだけに、すべてが滑稽なほどおおげさであり、非人間的でさえ
ある。
時折、教会の鐘が厳かに鳴らされる。
王太子はこちこちに固くなっている。ルイ15世は廷臣ショワズールを呼
び、なにか話し合っている。
ルイ15世 おっほん。あー、そのなんだな、花嫁はどんな風だ?
ショワズール はい、ウィーンでお目にかかりましたが、非常に愛らしく、利発な方とお
見受けいたしました。
ルイ15世 そのような事はきいておらん。どうだ、世継ぎをたくさん生めそうな身体を
しているのかと、聞いておるのだ。
ショワズール 臣下としましては、そこまでは・・・
ルイ15世 ふん。まぁ、コトは最初こそが肝心。女なんてものは、最初にがっつんと
突っ込んでしまえば、どんなじゃじゃ馬だろうと、おとなしくなるものだが。
ルイ15世、王太子を見て首をふる。国王のため息をきいて王太子、身の
置き所がないように大きな身体を小さくする。いじけたような目。
ファンファーレ。
オスカル登場。儀式用の白い大礼服。やはりマスク着用。
オスカル 王太子妃殿下、ご到着でございます。
アントワネットを先頭に貴族の一団がやってくる。アントワネットの衣装
はライトグレー。レース類もすべてライトグレーで、可愛い感じ。
アントワネット 国王陛下にはご機嫌よろしゅう。
ルイ15世 おお!なんと愛らしい花嫁ではないか!フランスに幸福を与えにきた天使の
ようだ。ははは・・・
ルイ15世、アントワネットを抱き上げる。
アントワネット まぁ、お祖父様!
ルイ15世 さぁ、ここにおるのがそなたの夫、わしの孫のフランス王太子だ。
王太子、恥ずかしそうに挨拶をする。鈍重な動作。
立ち尽くすアントワネット。
ルイ15世 おい、何をしておる。花嫁殿に歓迎のキスでもせんか!
王太子、おどおどとアントワネットにキスをする。
後ずさりするアントワネット。
アントワネット これが・・・これが、私の夫になる人なの?キスをされても何とも感じ
ない・・・これが・・・
アントワネット後ろを向く。肩がふるえている。
暗転・カーテン
第10場 A。オスカルの居室。
シンプルな居心地のよさそうな部屋。調度は派手ではないが、品質のよい
ことは一目でわかる。レースのカーテン。ラウンドシェイプの窓。
オスカル、シャツにキュロットという恰好。窓に寄り掛かりバイオリンを
弾いている。モーツアルトの小品
静かにアンドレ登場。アンドレもシャツとキュロット。
アンドレ おまえにはモーツァルトは役不足だ。おまえの手にはもっとダイナミックな曲
がふさわしい。・・・なにか用でも?
オスカル、バイオリンを置く。一瞬、すべての音が止む。
オスカル ・・・今宵一夜・・・今宵一夜を、おまえとともに・・・アンドレ・グランデ
ィエの妻に・・・
アンドレ、呆然と立ち尽くす。オスカルが訝しげにアンドレを見つめる。
目と目が合う。アンドレは床に跪いて、オスカルの手を取る。
アンドレ すべてを・・くれると・・俺のものになってくれると言うの・・か?こんな俺
の。俺には地位も身分も財産も、何もない。本当に何もない。男としておまえを守って
やるだけの力も。
オスカル アンドレ。血にはやり、武力にたけることだけが男らしさではない。誰かが言
っていた。心やさしく、あたたかい男性こそが、真に男らしく、たよりにたる男性なの
だということに気づくとき、大抵の女はすでに年老いている、と。
よかった。遅すぎないで。
おまえでなくては駄目なんだということに、気づいた。
アンドレ、オスカルを背後から抱きよせる。オスカル、一瞬びくっとして
アンドレの手から逃れようとするが、アンドレ、オスカルをより強く抱き
しめる。
アンドレ もう、待たない。俺は待った。十分するほど待った。オスカル、もう、待て
ない!
アンドレ、オスカルを正面から抱きしめる。アンドレの両手がオスカルの
頬を包む。やさしく、激しい口づけ。
アンドレ 愛している。生まれてきて、よかった。
強く抱き合うふたり。
カーテン
第11場 B。ジャルジェ家の裏庭。
春の日差し。小さなベンチとテ−ブル。薔薇の茂み。
薔薇の茂みの陰に、小さな頭が見え隠れする。
少年アンドレ、走って登場。
小アンドレ あれ、おかしいなぁ。オスカル、どこだ!あ、いけない、おばあちゃんにま
た叱られてしまうかな。どうしちゃったんだろう。ぼく、なにか怒らせることしちゃっ
たみたい・・・
小アンドレ、茂みのなかを探す。
小アンドレ あ、見つけた。
小アンドレ、小オスカルの手をひいて出てくる。オスカル、大人のものの
ようなマスクをつけている。小さな身体に痛々しい。
小オスカル、不貞腐れているが、それでもおとなしく小アンドレに手をと
られている。
小アンドレ どうしたの?なにが気に障ったの。ぼく、何かわるいことを言っちゃったの
かな?ごめんね。ぼく、気がきかなくて、いつも・・・
小オスカル アンドレは悪くない。
小アンドレ、オスカルが口をきいてくれたことがうれしくて、にこにこし
て小オスカルの手をとる。
小オスカル、戸惑って手をふりはなす。
小アンドレ あ、また悪いことしちゃった?
小アンドレ、見た目にもわかるほど肩を落として後ろを向く。
小オスカル慌てて、手をとろうとする。と、アンドレ、急に振り向いて手
のなかから小さなガラスのかけらを取り出してオスカルに見せる。
小アンドレ きれいだろ。さっき拾ったんだ。ベルサイユは綺麗なものがいっぱいだね。
小アンドレがあまりににこにこしているので、オスカルはたいしたものじ
ゃないのに、と思いながらもつい笑い声をあげる。
小アンドレ ほら、笑った。オスカルは綺麗だけど、ぼく笑った顔が一番好きだ。あ、そ
んなもの取ってしまおうよ。
小オスカル 駄目だ、つけていなくちゃならないんだ。貴族の義務だって、父上が。
小アンドレ、小オスカルのマスクをはずそうとする。いやいやする小オス
カル。けれど、マスクはあっけなくとれた。
小オスカル あ・・・取れた。
戸惑うように、それでも微笑む小オスカル。
小アンドレ そんなもの無いほうがいいな。
小オスカル そうか・・・じゃあ、アンドレの前でははずすことにするよ。
小アンドレ、大きく頷く。嬉しそう。小アンドレがあっちで遊ぼうよと誘う
小オスカルも頷いてアンドレの手を握り返す。
少年と少女は手をつないだまま走り去ってしまう。楽しげな笑い声を残して
婆やがお茶の支度を持って登場。
婆や オスカル様、オスカル様、アンドレ・・・まったくアンドレまで、どこかに行って
しまったわ。
婆や、よっこいしょといいながら、お茶をテーブル上におく。
婆や いい天気だねぇ。まぁ、そのうち出てくるでしょ。ふふ。
婆や、ベンチに腰掛けて、いつしか寝入ってしまう。
カ−テン
フィナーレ A。バスティーユ
騒然たるパリ。バリケードがところどころに築かれ、即席に武装したと思え
る市民たちが屯している。
粗末な服装ながら、表情は明るい。
影1登場。
影1 国王の軍隊が我々を狙ってパリに押し寄せてきている。公園という公園は軍隊で
あふれている。国王はわれわれを殺そうとしているのだ。武器をとれ!シトワイヤン。
フランスを守ろう!
市民たち おー!
パリを守ろう。俺たちの国を守ろう!そんな叫びがこだまして響く。
フランス衛兵隊、オスカルを先頭に登場。警戒して後ずさる市民。
衛兵隊士1登場
衛兵隊士1 隊長、軍隊が市民に発砲しました!
オスカル無言で立ち尽くす。
アンドレ オスカル!
オスカル 諸君!以前私は諸君に、心は自由なのだ、と言ったことがある。
いま、その間違いを正そう。いや、付け加えるといったほうがいいかもしれない。
自由であるべきは心のみにあらず!人間はその髪の毛一本にいたるまで、神の下に皆
自由であり、平等であるべきなのだ!
諸君、選びたまえ。国王の、貴族の狗となって市民に発砲するのか、それとも自由な市
民として、この輝かしいできごとに参加するか。
アラン 私たちはあなたについていきます。もう、とっくに決めていたことです。
衛兵隊士5 隊長、ついていきます!
歓喜の声が沸き上がる。
スイス人傭兵部隊が近づく。特徴のある帽子、派手な色使いの軍服。
アンドレ オスカル、危ない!
銃声が響く。アンドレ、オスカルをかばって倒れる。
オスカル アンドレ!アンドレ!アンドレ!
アンドレ よかった・・・おまえを守れて・・・
アンドレ、頭を垂れる。
アラン 隊長!
オスカル、アンドレの上に屈み込んでいる。
バスティ−ユ、バスティーユへ、という声が響く。影1、上手に登場。
影1 シトワイヤン、バスティーユへ行こう。バスティーユが我々を狙っている!
市民、一斉に退場。オスカル、やがて顔を上げ、立ち上がる。
オスカル バスティーユへ!バスティーユへ行こう、諸君!
背景にバスティ−ユ牢獄が浮かび上がる。
影1に導かれるように、衛兵隊・市民たち再登場。
戦闘。
銃声が2つ、轟く。倒れるオスカル。
アラン 隊長〜!
影2、3、4、オスカルを十字に持ち上げる。
そして、地面に寝かせる。市民に介抱されるオスカル。
オスカル アラン、銃声が聞こえないぞ、攻撃するんだ。
(市民に)どうか、私をアンドレと同じ場所に・・・私たちは夫婦になったの、だ・・
か・・ら・・・
衛兵隊士6 隊長、バスティーユに白旗が!
オスカル ついに、落ちたか。
自由・平等・博愛・・・これらの理想の永遠ならんことを・・・
衛兵隊士たち 隊長!
オスカル アンドレ、待っていてくれ・・・
影1、離れて立つ。
影1 思えば幸せな二人だったのかもしれない。革命の本当の醜さはこれからが本番なの
だ。
暗転
FIN