ほとばしる思い
―何かが私の心を打ち抜いた。新しい私が生まれる・・・。
「勲章と階級章をはずし、そこへなおれ。」
「国王陛下から正式な処分決定があるまではずしません。」
「処分など待つまでもない。この謀反人が!!」
父上のこんな表情を見たのは初めてだ。子供の頃から、厳しくはあったがいつも私の進むべき道を指し示してくれた父上が、今、私に刃を向ける。「父がこの手で成敗してくれる。」
まさか・・・、本気なのか・・・。父上、あなたは本気で私を殺すおつもりですか・・・。私は間違ったことをしたとは思えません。真実のみに従って、己の正義を信じて行動した私を、あなたは弁解さえ聞こうとせずに一刀両断にされるおつもりか。ここまで父上の怒りをかうことをしたのか、私は。それでも私は信じている。私のやったことは間違いではない。だが・・・、父上、あなたをこんなに怒りと悲しみの中に突き落とした私をあなたは許してはくれないのでしょう。私は・・・、このままあなたに討たれるのか、私は・・・。
「は、はなせ、アンドレ。」
「はなしません。」
「もう一度言う、はなせといっているのだ。」
「はなしません。」
「ならばお前を切る!」
「けっこう!!・・・・・けれどその前にだんなさま、あなたを刺し、オスカルを連れて逃げます。」
ア、アンドレ・・・お前・・・、何をしにきたのだ、父上に立てついて、お前、どうなると思っているのだ。しかも、父上の前でそのようなことを・・・。
「わたくしの命など、十あっても足りはいたしますまいが、どうか、オスカルの代わりに私を・・・。」
この瞬間、私の頭の中で白い閃光がはじけた。私の心が何かに撃ちぬかれた。永い永い間、捜し求めていた答えが目の前に広がった気がした。私にのしかかっていた重苦しいもの、私を縛っていたイバラの枝、私を固めていた鋼の鎧、それらがすべて粉々になって音を立てて崩れていく。私の心を自由な世界へと解き放つ。
いろいろな思いが一気に頭の中で駆け巡った。
私は今まで、何を信じていたのだろう。王家をお守りすることがフランスを守ることだと信じていた・・・、長い間。しかし、いつの頃からか、私が追い求める「真実」が、霞がかかったように、私から遠のくのを感じていた。ベルナールやロベスピエール、パレ・ロワイヤルで語り合った平民の若い思想家たち・・・。彼らの情熱、祖国への思いに私は深く共感を覚えた。私も彼らと同様に祖国の行く末に情熱を傾けているつもりだった。だが私自身の思いや情熱が向かおうするところが、実際の私の任務や近衛隊の役目との間で微妙にズレが生じていくのを感じてもがいていた。だからこそ、私は転属を願い出た。遠のく「真実」を今、追い求めなければ一生出逢えない気がしたからこそ、近衛隊を辞めたのだ。
そして、浮世離れした近衛隊とはまったくちがった衛兵隊で、いろいろな立場の隊士たちとふれあい、精一杯生きようとする彼らの力を目の当たりにして、捜し求めていた何かに少しずつ近づいた気がしていた。しかし・・・、いくらもがいても、その姿をはっきりと見ることができなかった。
それが何か、今、見えた。アンドレ、お前が私に見せてくれた。お前は、貴族とか平民とか、主人とか従者とか、そんなことを超越した1個の人間として、オスカル・フランソワという人間の行動、思想を信じ、ただその信念のみで、父上に対峙してくれた。平民が貴族に歯向かうというだけでも、今の時代では言語道断なことだが、そんな身分などという馬鹿げた慣習をお前は超越してしまった。
お前は一人の人間として、私を支持し、私のために命を賭してくれた。私さえも歯向かったことのない父上に。アンドレ、私が捜し求めていたもの、それはお前が今見せてくれた「人間」の尊さ、強さ、偉大さ、そして誰もが持つべき人としての誇りだ。貴族だろうが、平民だろうがそんなことはどうでもいいことだ。
―アンドレが急に大きく見えた。
「お前を殺せば、ばあやも生きてはいまい。ふ・・・知能犯め。オスカル、王后陛下からのお達しだ。軍務証書を取りに宮廷に伺候するように。わかったか、処分はなしとのお言葉だ。」
・・・処分はなし・・・。結局、私はいつも誰かに助けられている。男として育ち、男と同じように行動しているつもりだが、誰かに助けられているからこそ、私がこう して軍務につくことができるのか・・・。アンドレ、私はこんなにちっぽけな存在だ。こんな私をお前は愛してくれるか。
アンドレ、私は今、心の底から、お前を欲している。これまで、お前を愛している自分にどこかで気付きながらも、見てみぬ振りをしていたのかもしれぬ。無理やり自分の気持ちを抑えていたのだ。それは私が貴族で、お前が平民だから。
なんということだ、人間としての尊厳を求めていたはずの私自身が、身分を理由に自分の気持ちを封じこめていたとは。これまでの私は、個人の感情だけでどうすることもできないことが世の中にあると思っていた。だが、それが間違いだったと今、気付いた。私の心の欲するままに、これからの私は何ものをも乗り越えられそうな気がする。
本当の自分に出会えたようだ。本当の私が、やっと生まれたのだ。貴族とか、准将とか、そんなものは本来の私と何ら関係のない。
私も、素のままに、一個の人間に立ち戻って、胸を張って言おう、アンドレ、お前を・・・愛している。
誰かがお前を私から奪おうとするなら、私はそれ以上の力でお前を奪い返そう。お前が私をもっと深く愛するように、私はそれ以上にお前を愛そう。お前を手に入れるためなら、私は何者とでも戦おう。この思いを私は止めない。もう、誰にも止めさせはしない。
「私は無力だ・・・一人では何もできない。王后陛下のお情けで処分を免れ、お前の力で父上の刃を逃れ・・・。愛して・・い・・・る・・・。」
アンドレの唇が私の唇に重ねられた瞬間、私は生まれて初めて、生きている歓びを実感した。もうアンドレをはなさない、離れられない。アンドレ、お前こそが、私の 生きている証そのものなのだから。
******この文章をriri様に捧げます。ご迷惑かもしれませんが・・・。riri様の解釈やイメージと異なるかもしれません。でも、掲示板のriri様の書き込みを読んで、私の思いが走り出し、こんな文章になりました。稚拙な言葉の羅列で、恥ずかしいのですが、今更ながらに、私自身も新しいオスカル様に出会えた心地なんです。感謝を込めて・・・by Gemini******
☆☆☆Geminiのひとりごと☆☆☆
オスカル様って、淡白そうに見えて、実はやっぱり“情熱の”ラテン民族なのかも・・・。