ままか様へ捧ぐ・・・・       「ぬくもり」           鳴沙

夜空にかかった月が、青白い光を投げかけている。

ぴったりとカーテンを閉め切ってあるはずの寝室の中にも、ほのかな月明かりがさし込んでいる。

燭台の明かりと、ほのかな月明かりに照らされた寝台のうえに、ぼんやりとふたつの人影が浮かびあがっている。

 

「アンドレ・・・・」

ささやくように愛しいひとの名を呼ぶオスカルの声は優しく甘く、アンドレの腕の中で、はかなげに、たよりなげに今にも消えてしまいそうに見える。

「オスカル、愛しているよ」

アンドレが耳元でそっとささやく。

「わ、わたしも・・・・アンドレ」

オスカルは、恥ずかしそうに顔をアンドレの胸にうずめたまま答えた。

(・・・・俺の、俺だけのオスカル・・・・・)

アンドレの胸に愛しさがこみ上げてきて、オスカルを抱く腕に力が入る。

 

うっとりとアンドレの腕をなでていたオスカルの指が、ふととまる。

「・・・・アンドレ・・・この傷痕・・・・・」

そう言ってアンドレの右腕に残る傷痕をそっとなでた。

アンドレがほほえみながら答える。

「これ?この傷のこと覚えている?」

「もちろん、覚えている。この傷は私のせいだ・・・・・」

「おまえが悪いんじゃないさ」

「で、でも・・・・あ・・・・」

アンドレは、オスカルの言葉を深いくちづけで遮った。オスカルの腕が切なげにアンドレの首にしがみついてくる。

互いの吐息が熱くなってくるのを感じながらアンドレは思う。

(そう、この傷は俺にとっては、勲章なんだから・・・・・・)

 

 

 

 

 

「オスカル、オスカル!どこにいるの?オスカル!!」

萌え出した若葉の美しい庭園に、少年の声が響いている。

黒い髪、黒い瞳のその少年は、一年前、『末のお嬢様』の遊び相手兼護衛として、お屋敷に引き取られてきたアンドレだった。

その黒い瞳には、探し求める『お嬢様』が見つからずに焦りの色が浮かんでいる。

(どうしよう・・・・・オスカルが見つからなくっちゃ、又、おばあちゃんに怒られちゃうよ・・・・・)

 

「アンドレ!ここだ」

途方に暮れて、泣き出してしまいそうになったその時、頭上から声が降ってきた。

「オスカル・・・・・」

見上げるとそう高くない梢に、木漏れ日を受けて黄金の髪をキラキラと輝かせながら、オスカルが座っていた。

「なんだアンドレ、おまえ又、泣いていたのか。おまえは、本当に泣き虫だ」

からかうような言葉に、内心アンドレはムッとする。

「泣いてなんかいないよ。ねえ、オスカル降りておいでよ。奥様が探していらっしゃったよ」

「母上が?」

「うん。それにさ、おばあちゃんが言っていたよ『お嬢様』は、木登りなんかしないものなんだって・・・・・」

「アンドレ!!」

オスカルの鋭い声が、アンドレの言葉を遮った。

「アンドレ、いいか僕は男だ。お嬢様だなんて二度と言うな。今度そんな事を言ったら、おまえとはもう絶対に口をきいてやらない!」

オスカルはアンドレをキッと睨むと、そのまま怒りにまかせて、枝の上に立ちあがった。

「オスカル危ないよ。落っこちちゃうよ、ヤメなよ」

「落ちるもんか」

あわてるアンドレを無視して、一歩踏み出した瞬間・・・・・オスカルの足がすべった。

「あっ!」

「オスカルッ!!」

アンドレは無意識のうちにオスカルを受け止めようと腕を出したが、子供の力ではとうていかなわず、オスカルの下敷きにされてしまった。

 

 

「痛ったぁい・・・・・もう、おまえがヘンなことを言うから落ちちゃったんだぞ、アンドレ」

自分がアンドレをクッション代わりにしてしまっている事など、全く気付かずにオスカルが言う。

「アンドレ、何とか言えよ。アンドレ?」

答えが無い。やっと自分がアンドレの上に乗っかっているのだと気付き、あわてて身を起こす。

アンドレは、ぐったりと目を閉じており、右腕は、服がやぶけて血が流れ出していた。

 

(・・・・・えっ・・・・まさか・・・死んじゃったの・・・・・・)

不吉な思いがオスカルの頭をよぎる・・・。

あわてて、アンドレの胸に耳を当ててみると、心臓の鼓動が聞こえてきた。

(よかった・・・・生きてる・・・・)

ホッとすると同時に、涙が溢れてきた。でも、泣いている場合ではなかった。

オスカルは涙を振り払うと、人を呼ぶために館に向かって走り出していた。

 

 

 

 

アンドレが気付いた時は、自分のベッドの上に寝かされていた。

右腕には包帯が巻かれており、動かそうとすると激しい痛みが走った。

「いたいっ!」

 

「ああ、気がついたね」

聞きなれない声におどろいて、アンドレが顔をあげると、若い医者が優しい顔で笑っていた。

 

「オスカルは、どうしたの?」

不安げにアンドレが問う。

「ああ、大丈夫だよ。ほんのかすりキズだよ、君がクッションになったおかげでね」

そう言いながらベッドの傍らのイスに腰を下ろすと、若い医者はアンドレの顔を覗きこんだ。

 

「君、名前は?」

「アンドレ・・・」

「アンドレ、腕は痛いかい?」

どうしてそんなことを聞くんだろう・・・?と、思いつつアンドレは頷いた。

「それだけのキズだからね、痛いのは仕方がない。でも、折れてはいないから安心するんだね。ただ・・・ちょっと痕が残るかもしれないが、君は男の子だ。キズ痕は勲章みたいなものだよ」

「えっ?勲章?」

何を言われたのか解らないという顔のアンドレに向かって、さらにこう続ける。

「いいかいアンドレ、男ってものは女性を守ってあげるものなんだよ。どんな時でもね。女性を守れないようなヤツは、そんなの男じゃないんだよ。オスカル様も女性だからね、女性を守って出来たキズだから勲章なんだよ」

「でも・・・・オスカルは、自分は男だって・・・・・。それに、剣だって僕よりずっとずっと強いんだよ・・・・・」

「いまに、そう、大人になったら君にもきっと解るよ。だから私の言ったことを忘れないでいるんだよ」

不思議そうなアンドレににっこり微笑むと、そう言い残して若い医者は部屋から出ていった。

 

 

 

 

・・・・コンコン・・・コンコン・・・・

 

うとうとしていたアンドレは、控えめなノックの音で目が覚めた。

どの位時間が経ったものか、あたりはすっかり暗くなっており、カーテンを開け放ったままの窓から月明かりがさし込んでいた。

 

「どうぞ・・・・」

ぼんやりしたままアンドレが答える。

入ってきたのは、燭台を手にしたオスカルだった。

 

「アンドレ、ごめん・・・・」

燭台をテーブルに置くなりそう言った。

どことなく、いつもよりもしょげているようにも見える。

「アンドレ、キズは痛いの?」

「痛いよ」

 

「・・・・べつに、オスカルが悪い分けじゃないよ」

「で、でも・・・キズ・・・痕が残ってしまうって、お医者様が言っていた。僕のせいだ・・・・」

オスカルは、うつむくと肩を振るわせながら、泣き出してしまった。

 

「ええっ!なんでおまえが泣くんだよ。痛いのは僕のほうなんだよ。ねえ、お願いだから泣かないでよ、オスカル・・・・・」

(それにさ、こんな所をおばあちゃんに見られたら大変なんだよなぁ・・・・)

すっかりうろたえたアンドレが、何とかオスカルをなだめようと四苦八苦していたその時・・・・

「具合はどうだい、アンドレ」

オスカルの乳母であり、アンドレの祖母でもあるマロン・グラッセが入ってきた。

 

気まずそうなアンドレと目が合う。

「アンドレッ!!おまえって子はっ!!お嬢様におけがをさせるところだったっていうのに、今度はお嬢様を泣かせるなんて!!!一体、何を考えているんだい」

とたんに彼女の雷が落ちた。

 

(叩かれる・・・・)

次の瞬間に飛んでくるであろう、平手を覚悟してアンドレがぎゅっと目をつぶった時、オスカルの声がした。

「ばあや・・・やめて・・・アンドレは悪くない。悪いのは僕なんだから・・・・・」

泣きながらうったえるオスカルに、マロン・グラッセは少なからず驚いた様子だったが、決して怒りがおさまった訳ではなかった。

「まあ、お嬢様、アンドレなんか庇って頂かなくっていいのですよ。アンドレ、おまえは、お嬢様にまでこんなにご心配をお掛けして、申し訳ないと思わないのかい」

「もう、いいから」

強い口調でオスカルが遮った。

「もう、いいから、ばあやは出て行って!」

オスカルは無理矢理、マロン・グラッセを部屋の外へ押し出すと、バタンとドアを閉めてしまった。

(・・・・すごいや、おばあちゃんを追い出しちゃったよ・・・・)

アンドレは、ただただ事の成り行きを見つめているしかなかった。

 

「アンドレ、今夜、僕もいっしょにここで寝る」

ボーゼンとしているアンドレに向かって、そう宣言するとオスカルはアンドレのベッドにするりともぐり込んだ。

「こうやってさ、ふたりで眠るってすっごく久しぶりだよね。ばあやは、僕がアンドレと一緒に眠ってはダメだって言うんだけど、ねえ、どうしてだろう?僕はアンドレと一緒にいるのがいいのにな・・・・」

無邪気にオスカルが笑う。

オスカルの体温を感じながら、アンドレはぼんやりと思った。

(ねえ、オスカル。本当にいつか、僕がオスカルのことを守ってあげられるような日がくるのかなぁ。大人になれば解るって、お医者様はそう言ったけど・・・・)  

「ねえ、オスカル・・・・」

呼びかけてみたが、オスカルはすでに夢の中だった。

(なーんだ、もう寝ちゃったのか。でも、僕も眠くなってきちゃったよ。・・・・・)

オスカルのぬくもりにさそわれるようにアンドレもまた夢の中へ落ちていった。

カーテンを開け放った窓から月の光が、やさしく、ふたりに降りそそいでいた。

 

Fin.

    〜ままかのコメント〜

 鳴沙様、私の絵に可愛い素敵なお話を付けてくださって本当にありがとうございました。

 途中に入れたちびOAのスケッチは鳴沙様の文章から新たに生まれた私の妄想です。本来ならちび版「ぬくもり」を描くべきなのでしょうが、私はちびオスカルが木から落ちたとき一体どんな風にアンドレの上に落ちたのかどうも気になってしまい、こんなのはどうかな?という感じで描いてみました。アンドレを下敷きにしたのをはじめは気が付かなかったのですから、この図は正しくないかも知れません。小さくてもOAはOA。受け止めようとしたアンドレに抱き抱えられるように落ちてもらいました。

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