楽園の夜   =paradisiaque nuit=

   ―1789年7月12日の夜に捧ぐ―

 

 群青の夜に光の粉が降り注ぐ。

 木々の緑が光り、星たちが音をたてながら震えている。

 赤や黄色や紫の花弁が終わることなく降りしきる

 人生の中の輝きのとき。

 この一瞬こそが永遠の楽園への入り口。

 

 

 オスカルとアンドレはこの世の終わりまで続くほどの長いくちづけを交わし、それ

ぞれの魂をお互いの体中に注ぎ込む。その魂が熱情となって二人の体を駆け巡り、太

古から続く人間の命の波を呼び起こす。魂が呼応するように肉体が高まり、共鳴し始

める。言葉が吐息に姿を変えて絡まりあう。

 アンドレの愛の刻印とも思えるくちづけが、熱気をはらんでオスカルの体中に落ち

ていった。耳朶に、うなじに、肩に、そして胸に・・・。その熱を与えられた箇所か

ら、甘きうずきが広がり、彼女の心と体は溶け出すようにゆっくりと開かれ、目覚め

ゆく。

 二人の肌がともに熱を帯びる。激しい陶酔と愛撫の時間が繰り返され、切なさが二

人を満たした。今、この瞬間こそが昇華のとき。愛の大きさを計ることができるのだ

ろうか・・・、愛の重さを感ずることが・・・。人の愛に限りがあるというのなら、

その限界をもはるかに超えて愛し合おう―。二つの体を満たしゆくものは、二つの魂

のみ。

 二人の体が完全に一つになった瞬間、オスカルは己の体の中に天空を感じた。海よ

りも深く、空よりも果てしないもの・・・。決して終わることのない永遠という世界。

 二人は渇くように求めていたものをやっと手に入れた。それは・・・命・・・。今

初めて、二人は同じ時代に生まれてきた意味を知る。

 

 二人の指が絡み合う。オスカルの指は己の意思と反対にアンドレの指の戒めを解こ

うとする。それを許さじとばかりに力強く、アンドレの手がそれを征する。その力強

さにオスカルは支配される歓びを知る。全てをゆだねることで訪れるこの上もない安

息が、切ない喘ぎ声に代わっていった。

 二人の躯の中心が甘く響き、完全なる片割れと溶け合う。もはや、どからどこまで

が己の体であるかが確認できず、狂乱のごとき抱擁を繰り返すのみ。

 二人の息遣いが夜のしじまに吸い込まれる。早鐘のように加速する息さえも、今は

二人にとっての婚歌にかわる。激情に翻弄されることを許しあい、共に上り詰め・・

・。ぬばたまの闇にとらわれ、果てしなく堕ちていく二人。

 

 私のためにお前は生まれてきたのか・・・?

 

 お前のために俺は生まれたのだ。

 俺のためにお前は生まれてきたのか・・・?

 お前のために私は生まれたのだ。

 

 お前以外に何もいらない。

 二人は、人として生まれて、人として生きている。

 それ以外に何が必要というのだ・・・。

 二人を隔てるものはなく、二つの魂の融合があるのみ。

 求め合い、愛し合う。これ以上何を望もう。

  

 夜は長い。真実を見つけたものだけに、踏み込むことを許される楽園の夜を、二人

手を携えてさまよう。星たちが祝福するように、二人に光の粉を振りかける。

 オスカルとアンドレは今、永遠に続く生命の謳を奏でている―。

 

BACK     HOME