遠きえにしに あとがき

 
 <以下「遠きえにしに」同人誌版最終巻のあとがきからの転載となります>
 「遠きえにしに」を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。えにし四部及び終章は2009年11月から2011年8月にかけて連載しました。
 えにし一のあとがきにて、「とにかく佐為ちゃんが好き! 佐為ちゃんの生きてた平安の話が書きたい…vなところから書き始めた…」と綴っていますが、お約束だった「もっと詳しい動機」をここでやはり、きっちり語りたいと思います。と言いますのも、えにしを書き始めた動機については何度かサイト上、または掲示板などで書き綴ってまいりましたが、あまりに連載が長くなり、どうも自分ではきっちり語っているつもりでも、長い連載期間の課程で、随分と読者の方も入れ替わったこともあり、読者の方にとっては私の意図が分かり辛い点もあるかと思いましたからです。実際、自分の意図が伝わらないのは何故だろうとへこむ部分もあり、ここに申し開きしたいというのもあります。
 それにしても、連載開始から丸8年です。自分でもよくここまで長く書き続けたと思います。その長さのせいか、記憶もあいまいになり、細かい場面や設定などは自分でもどういう意図だったのか、忘れてしまっているところも少なくない程です。とにかく少しでも覚えてるうちに書かねば…! 今までサイト上で書き綴ってきたものをベースに加筆し、ここに私の想いを語りたいと思います。
 まず私の中に、ある妄想がありました。それは何時生まれたか。ヒカ碁1巻の冒頭を読んだ瞬間です。ヒカルの許に降臨した佐為は、自分がどうして成仏せずに長い時を生きながらえているか語るシーン。佐為のあの入水に至る経緯が語られるシーンです。簡単に言えば、??でした。入水に至る経緯にどうも説得力が薄い気が…。というより、もっと不思議に思ったことがありました。それはこういうことです。
 大君の態度は冷たすぎるし、誰も佐為を助けないのはおかしすぎる! 指南役であったのなら、大君は佐為の人柄は良く知っているであろうに、何故にああまで冷たい仕打ちなのか。顕忠のズルさよりも、よほど大君の冷たい態度の方が公平さを欠いていると思いました。それでほぼ直感したのです。大君と佐為の間には深〜く歪んだ大人な事情があるんだろうな、きっと(笑)…と。これは可愛さ余って憎さ百倍、痴情のもつれ、絶対佐為ちゃんは大君に愛されたに違いない!って思いました。恋とは片方に大きく振れると、反対側にも大きく振れやすいもの。この冷たい仕打ちを受けるからには相当な事情が背景にあったに違いない…、となったわけです。
 で、あの短い回想シーンの奥にあるんじゃないかと想像した世界が勝手に自分の頭の中に育ちました。でもこれは静かに何処か片隅に抱えたまま、一年半過ぎました。一年半を経過して本気でヒカ碁に嵌ったのが8年前の夏です。ヒカ碁熱に乗じて平安幻想異聞録のゲームをプレイしてみました。これが凄く面白かった! さらにヒカ碁の二次小説を読むうちに触発を受けたのか…あの眠っていた妄想・佐為と帝の物語を書いてみようかなという気持ちが起こりました。眠っていたというか、住み続けたと言った方が近いかもしれません。その元々自分の中にあった佐為と帝の物語に、ヒカ碁全編を読んで得たものをさらに増幅したいという願いが融合して、「遠きえにしに」の粗筋に発展したようです。
 さらに…。原作の中では幽霊である佐為が「生きていた時の物語」を純粋に書きたいという想いもありました。彼をよりリアルに、間近に、実像として自分の前に甦らせたかった、ということです。そしてこの想いに拍車をかける絵がありました。イラスト集「彩」の描き下ろしポスターです。完全版のリーフレットに載ったときに「涅槃の午睡」なんてズレたネーミングがされていて、すっごい無いわ、と思いました。だって、あの絵ほど「生きてる」佐為ちゃんを感じる絵は、私的には他にありません。なんでしょう、あの艶かしさは。あれは「あくまで同じ空間の中の」視点の側に、佐為ちゃんを愛でて愛でてどうしようもない人が居る絵だと思うのです。(言い換えれば、小畑先生の佐為ちゃんへの愛を強烈に感じる絵とも…) 確かに平安時代に、生きてる艶かしい佐為ちゃんをこの視点で眺めてた人が居るんだ!って思わせるというか、佐為の吐息さえ聞こえてきそうな、そんな絵なんですね。
 また生きている佐為、といえば先程も触れた「平安幻想異聞録」。このゲームは全部丸ごと佐為ヒカで美味しいのですが、それとは別に面白かったのが行洋と佐為の関係で、出生の秘密譚に妄想が走りました。こうして出生の秘密譚と佐為と帝の話が結びつきました。
 ここにさらに、佐為とヒカルの物語を組み込むことでは、また別の願望もありました。私には、原作の中で佐為が消えた後にやっとヒカルが佐為を師と意識するように感じられるのですが、それは本当に切ないことでした。このジレンマから、自分がヒカ碁の話を書くなら、佐為とヒカルの師弟関係を明確な形で顕在化させたいという強烈な想いがありました。原作には二人を指して「師弟」というはっきりした概念は登場しません。でもヒカ碁は師弟の物語だと思っています。「青は藍より出でて藍より青し」とは佐為とヒカルのことであると。
 そしてえにし全体では、原作の世界につながる千年前の因縁の物語を一つの仮説として描くことがテーマでした。どうして、虎次郎は自分を犠牲にしてまで佐為にその生涯を捧げたのか。彼にはそうする何がしかの理由が確かにあり、それが魂に刻まれていたからかもしれない。どうして佐為はヒカルの許に甦ったのか、いや、甦ったのは佐為ではなく、ヒカルが佐為の許に現れたとは考えられないか。遠い過去に再び巡り逢う約束を交わしていたのかもしれない。千年後に天才棋士佐為が、自分の為ではなく、どうしたら「ヒカルの為に存在した」と言いきれるのか、精算のとれる「過去」にしたかったのです。
 こうして妄想の限りを尽くして、物語を組み立てていきました。書き出したら、後は佐為が光が帝が…勝手に動き出してくれて…、自分でも展開に驚くことがありました。帝のキャラも書いてくうちに随分変化してしまいました。なので、帝初登場の3話は、キャラの変容に違和感を感じ、後になってほぼ跡形なく書き直してしまいました。当初はもっといやらしいエロオヤジ風だったものです。
 キャラが勝手に動いて驚いたのは、佐為と光の関係についてもそうです。実は、えにし、佐為と光の関係が同性愛的なものになると、初めから考えて書き出したわけでは無かったのです。私の中の二人の関係で最もベースにあるものはやはり「師弟」で、そこからさてどうしようか…とは思っていましたが、必ずしもこの二人をBL的な関係にしようとは考えていませんでした。なのでえにしの二人がお互いに惹かれ合い、それがどんどん強くなって、いつの間にか師弟を超えたものになっていくのに、私もドキドキしたのものです。えにしの佐為と光の場合は必然的というか、自然に行き着く愛情の形だったんだと思っています。多分どう書いてもああなっていたかと…。
 さらにさらに勝手に動いたといえば、やっぱり光です。当初あんなに成長させるつもりの無かった光はひとりでにどんどん成長していってくれました。そもそもが成長キャラということもあると思いますが、光は佐為へ師事し、佐為を愛することで、当初私が思いもしなかったほどに、成長していってくれたんですね。私は佐為ファンでしたが、当初ヒカルのファンとは言い難かったのです。ところが光を書いていくうちに、光があまりにいじらしく、男前かつ可愛いので、佐為同様私も光にメロメロになりました。もちろん今は原作のヒカルも大好きです。
 光に対する応援の声を連載中たくさん頂きました。皆さん、えにしの光を愛してくださって本当に嬉しかったです。その裏返しとも言えるのですが、光の死については、悲しみの声も数多く頂きました。
 原作とは逆に佐為の許から光が消えるという展開は連載当初から決めていたことでした。原作からの逆引き…という物語の組み立て方からの必然だったということもあります。また、原作につながる物語である以上、佐為の死は大前提で、光がその死にどう関わるのかを考えた時にも、現行の形が私にとっては納得できるものでした。
 また佐為に看取られて死んだ帝と、表面的に対比させるなら、光の死は不幸と捉える見方もあるでしょう。しかし、私はそうは捉えていません。却って物理的悲劇である分、帝と反比例するように光は人生の勝利者であり、己が使命を全うしたと考えています。そしてそのように描いたつもりです。光は永遠の師、永遠の魂の伴侶と出会い、誓い、約束し、そしてその序章においてあくまで信念を貫き通した生であったし、言い換えれば序章においての役割をやり遂げたからこその幕、時に叶った幕…と考えています。本人にとっては突然やってきた人生の終焉の時に叫んだ問いへの答えも、やがては佐為が大きな抱擁の元に返してくれるでしょう。
 一方帝は遂に光に及ばない自分、敗者としての自分を受け入れ、分相応な役割を自覚した上で、来世への願いを込める…。佐為への執着と本来の傲慢さを考えるとそれは耐え難いはずで、しかしそんな自分の位置に甘んじた彼は、最期にやっと自分を抑える力を得たのかもしれません。
 最後に未来編について。
 「えにし」は、原作の物語に至る、その因縁の物語だと申しましたが、佐為と光のえにしは、原作の時間軸に至って終わる、とは考えていません。佐為とヒカルのえにしは永遠です。なので、何度生まれ変わっても、何度生死を繰り返しても必ず巡り逢う、それが二人の物語です。佐為が光からの「借り」を返す2年半のその先にえにしの「未来編」を想定しています。こちらは原作のもっと先の話です。えにしで想定している未来編は転生した佐為とヒカルの物語となります。
       2012年8月 ままか

 

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