幾重の光を秘めて はかりさん作 background Alatariel
初春の夕暮れだった。
メリーは村はずれの街道を一人、気ままに散歩していた。
表向きは、ブランディバックの御曹司、苦労知らずのボンボン…平和なシャイアでは無理のないイメー
ジだろう。実際、まだ若いメリーは日々楽しく暮らすことが重要な年頃だった。気のあう友人にも恵まれ
ていた。
その友人の中の一人、今や袋小路屋敷の若主人であるフロド・バギンズのことが、このところ彼には気
にかかっていた。以前はほかの友と一緒にあちこちへ出かけたり飲んだりと、よく行動を共にしていたも
のだったが、最近の彼はめっきりつきあいが悪くなったのだ。
具合が悪い様子はない。元気がないわけでもない。親代わりだったビルボがいなくなって、確かにしば
らくは気落ちしているのを否めなかったが、それは一時のことだった。すぐに元の快活な彼に戻ったのだ
が、しばらくすると、様子が変わってきた。メリーが遊びに行かないかと誘うと、読みたい本があるから
とか、これから用事があるから等、三回に一回は断るようになっていった。
――恋人でもできたかな?
それなら合点があうし、友人として応援したいところだが、メリーが見る限り、フロドは女の子の影な
ど微塵もみせない。何も言わない。どうにも変だった。
――今度、緑竜館にでも誘って、酒の席で聞き出してみよう。
そんなことを考えながら、メリーは急ぐともなしにのどかな街道を歩いていた。
ふと、道を逸れて小高い丘へ登ってみた。ここからは遠くの山並みが見渡せる、ちょっとした穴場なの
だ。山と山のちょうど中央に太陽が沈み、あたりはオレンジに染まっていた。メリーは丘のてっぺんに腰
を下ろし、ふうっと息を吐いた。風がさわさわと草をなでている。
――何の気なしに目をやった場所に、彼は二つの人影を見つけた。
人間だ。
メリーから少し離れた、丘の中腹ほどのところに、彼らはこちらに背を向けて並んで腰かけていた。メ
リーには気づかない様子だ。
メリーの視界の中で、その二つの影が一つになった。互いに腕をひろげ、ふわりと抱き合ったのだ。
二人の顔が寄せられた――キスをしているのだとわかった。頬や額ではなく、あきらかに唇を重ねてい
る。長いキスだった。
メリーは息をつめて見守った。それは恋人どうしのごく自然な行為のはずだった。しかし、何か違和感
がある。それが何なのか――二人がやっと離れた時、その答えがわかった。思わず呼吸が止まりそうにな
る。
二人とも男性だったのだ。
不意にその時、気配に気づいたのか、二人のうち一人がメリーのほうに顔を向けた。視線が合ってしま
った。メリーは慌てて立ち上がった。足元の草が音を立ててしまう。もう一人もこちらを向いた。
メリーはくるりと背を向けて逃げ出した。人間たちが何か言ったようだったが、よく聞き取れず、その
まま走り続けた。夕闇が濃くなっていく。心臓が早鐘のように高鳴っていた。
しばらくして、背後に誰の気配もないことを確かめ、ようやく彼は足を止めた。膝に手をついてぜいぜ
いと息をつく。
――落ち着け、落ち着くんだ。
動悸が静まってくると、メリーは今の出来事を無性に誰かに話したくなった。とても自分の胸のうちに
しまっていられそうにない。
誰に話そう?…ピピンは駄目だ。きっとすぐ他人に話してしまうだろう。口が堅くて信頼できる相手、
そしてここから一番近いところに住んでいる友人は――?
彼の足は、袋小路屋敷へ向かって歩き出していた。
フロドの寝室。
シーツの上では、互いに裸身を預けあって横たわるふたつの姿があった。
屋敷の主人であるフロドと、庭師のサム。
二人とも目を閉じている。――行為の直後だった。
「……」
フロドの息は整うまで時間がかかる。だがサムにはその息づかいさえいとおしかった。上気した頬を撫
でてやりながら、しばし熱情から解放された余韻にたゆたう。
「サム…?」
目を閉じたまま、不意にフロドが口をひらいた。サムが彼の顔をのぞきこむ。
「なんですだか?」
「夕食…一緒に食べていってくれるね?」
サムは思わず苦笑した。もともと、夕食の準備をしていたサムにフロドがキスを迫り、我慢できなくな
ったサムが寝室へとフロドを誘って行為に及んでしまったのだった。
つまり、二人とも食事はまだなのだ。サムは体を起こした。
「仕度をしてきますだ。その前に、体をお拭きしましょう」
「お湯を持ってきてもらえば、自分でするよ」
「わかりましただ。待っていてください」
サムが再び台所に立っている間、フロドはサムが用意してくれた湯で体を清め、服を身に着けた。
やがてノックの音がし、サムが遠慮がちに顔をのぞかせる。
「あのう、フロド様、メリーの旦那がいらっしゃいましただ」
「メリーが?こんな時間にめずらしいね。じゃあ夕食をご馳走しようよ」
「はい、わかりましただ。用意します。
…フロド様、でしたら、その…」
サムが口ごもる。フロドは首をかしげた。その首元に視線をさまよわせ、サムは小さく言った。
「申し訳ありません、おらがつい、夢中になっちまって…フロド様、どうかスカーフか何か首に巻いてく
ださいますだか?」
「え?」
あわてて鏡を見たフロドの白い肌には、サムがつけた赤い痕がいくつも残っていた。
「…ふうん。たしかにそれは驚くね」
メリーの話の一部始終を聞き終えたフロドは落ち着いていた。
フロドのもとを訪れたメリーは結局、すすめられるまま夕食の席についた。年上の友人に話を聞いても
らい、先ほどの驚きと興奮から解かれ、やっと人心地ついていた。サムが入れたお茶を飲み、やれやれと
息を吐く。
「で?賢明なるメリアドク君は、そのまま逃げてきたんだね?顔を見られたのに?」
フロドがいたずらっぽく笑う。メリーは肩をすくめてみせた。
「そりゃ、逃げ出すよ、だって男どうしだよ?慌てるじゃないか」
フロドはそれには答えず小さくほほえみ、パイプ草に火をつけた。メリーもそれを見てパイプを取り出
そうと胸ポケットをさぐったが、無いことに気づいた。
「あれ、僕のパイプが無いよ。…そうか、さっき急いで走ってる拍子に、どこかに落としてきたんだな」
「君にしてはそそっかしいな。よほど慌てていたんだね」
フロドが笑って立ち上がり、予備のパイプを出してきた。礼を言って受け取った拍子にフロドの指がメ
リーに一瞬触れた。熱い手だった。
「メリー、どうする?泊まっていくかい?」
「…いや、いきなり来て夕食までいただいてしまって申し訳ない。今日のところは帰るとするよ」
フロドとサムに玄関口で見送られ、丁寧に礼を述べて屋敷を辞したメリーは、歩きながら何かが胸に引
っかかっているのを感じていた。
先ほどの、フロドの熱い指先。
どこか上気していた頬。
普段あまりしないのに、今日に限って首元にスカーフを巻いていた。まるで、肌を隠すように。
体から見えない熱が漂っているような風情だったフロド。
男どうしのキスの話をしても、あわてることなく、むしろ無関心を装っているかのような反応だった。
それに――あの時間までサムがいたことが、メリーには意外だった。いつもそうなのか?
一気に話しまくるメリーにちらちらと視線を向けていたサム。
それらが何を意味しているのか、わかってしまうのがこわいような気がした。
もしかしたら、あの二人は…?いや、まさか、そんなことがあるわけがない。考えすぎだろう…。
でも、考えすぎではないと言えるのか?
メリーは悶々として歩き続けた。
その日からメリーは、さりげなくフロドとサムを観察するようになった。
一見、二人は何も変わらないように見えた。屋敷の主人と庭師であり、良き友人のままである。
しかし、サムを見るフロドの瞳の中に、今までにない不思議な光が混じることに気づいた。それはよほ
ど注意しないとわからない、ごく小さなものだったが、そこは勘のよいメリーだった。
フロドは昔なじみでお抱え庭師のサムが大事なんだな――。
そう思うことも出来たはずだった。だが、もし、それ以上の気持ちを二人が持っているのだとしたら?
何かがとっくに二人の間ですすんでいるのだとしたら?
どちらに尋ねることも出来そうになかった。
でも、確かめてみたくてたまらないのだった。
ある昼下がり、久しぶりに袋小路屋敷の居間でお茶を飲みながら、メリーはふと、ちょっかいを出して
みたくなった。何もいじめるつもりはなく、からかうことで彼らがどう反応するか見たくなったのだ。
「フロド、この間の話だけど――あれから気になってるんだ、僕」
「あのキスの話かい?」
フロドが穏やかな視線を向けてくる。
「うん、その、男どうしでキスして、どんなかんじなのかって、知りたくてさ」
フロドは困ったようなほほえみを浮かべた。メリーは身を乗り出した。
「フロドは、女の子とキスしたことある?」
「うーん、小さい頃は遊びでしたかもしれないけど、恥ずかしながら今はそういう女の子はいないねえ」
フロドは嘘は言っていない。サムが暖炉の火をかきまぜながら、ちらりとフロドに視線を投げた。
「じゃあ、男とは、ある?」
フロドがカップを置いて動かなくなった。硬い目でメリーを見つめる。サムは推し量るような表情で
二人を等分に見比べていた。メリーはその視線を痛いほど受けながら、あとに引けなくなっていた。
「フロド、試してみても、いい?」
「え?試すって――」
途端、サムの目が大きく見開かれた。あっという間にメリーがフロドに覆いかぶさり、唇を重ねたのだ
った。
フロドは咄嗟にメリーを押しのけようとしたが、両肩を掴むメリーの力のほうが強かった。
メリーは驚いていた。――素敵だ。
甘くやわらかい、フロドの唇。しっとりと吸いついてくるようだった。
夏の森に揺れる、熟しきった果実のような――。
「こら、メリー、調子に乗るんじゃない」
フロドの笑い声で、メリーは我に返った。至近距離で、フロドがほほえんでいる。改めてフロドの顔立
ちの端整さに見とれた。つややかな肌に赤い唇、涼しげな目元。もともと整ってはいるが、いつになく瞳
が艶めいて、とてもきれいだった。
「ごめんごめん、つい、ね。ただの好奇心だよ。…サム、もう一杯お茶をもらえるかい?」
メリーはさりげなさを装って笑顔をつくった。フロドも再びカップに手を伸ばす。サムがソロソロと火
からヤカンを下ろしたが、その手が少しの間ふるえていたことに、メリーもフロドも気づかなかった。
その日の晩、メリーは一人で緑竜館で飲んでいた。昼間、フロドの唇を味わったことで、逆に何か憑き
物が落ちたように心が平静になっていた。
――フロドは魅力的だ。それは認める。
整った顔立ちに、笑うと花が咲いたような優雅さ。それでいて、決して女性的ではなく、子供っぽくも
なく、不思議と人を惹きつける。何年も前から彼を知っていたのに今日、改めてそのことに気づいた。
頭も良く、昔はやんちゃな面もあったが今は落ち着いて、本当に良き友人だといえる。
もし、自分が女だったら、フロドに惚れていたかもしれない。
でも――自分もフロドも、そしてサムも、男なのだ。
メリーのフロドへの気持ちは、そこまでだった。
しかし――とメリーは考える。優れた人物を、人柄を好きになるのに、相手をいとしいと思うのに、性
別は必要ないのではないか?
いつか見た人間どうしのキスが思い出される。
慈しみをこめた優しい抱擁だった。たしかに男どうしだったことで驚きはしたが、気づけばそれは神聖
な風景として記憶に残っている。
そしてメリーは、フロドとサムのことを思った。
あの二人がどんな関係だろうと、別によいではないか。互いを必要とし、支え合い、いたわりあう、最
高の関係だ。
もし、体ごと愛し合う間柄だとしても、それが何だ?二人とも変わらずメリーの良き友人でいてくれる。
それで充分ではないか。
考えながら知らずにほほえんでいたメリーの手元にふと、ビールの入ったジョッキが置かれた。我に返
ったメリーが横を見ると、驚いたことに二人の人間が座って、こちらを見ていた。
「やっとお会いできました」
穏やかな微笑を浮かべ、男たちは品よく会釈した。あの日、メリーにキスを目撃された二人だった。
その頃、袋小路屋敷の玄関。
今日は家で夕飯を食べます、とフロドの誘いを丁寧に断って、サムはフロドの見送りを受けていた。
立ったまま向かい合い、サムはいつになく言葉すくなに黙っている。
フロドの手がサムの髪に差し入れられ、優しく撫でた。
サムの手がそれを捕まえ――フロドを引き寄せて強く抱きしめた。骨が折れるかと思うほど力をこめて
、恋人を腕の中に閉じ込める。フロドが身じろいだ。
「痛いよ、サム…」
サムは腕の力をわずかに緩め、顔を傾けてフロドに口づけた。唇を塞がれ、吐息を吸われ、抱擁の力強
さにフロドの全身の力が抜ける。息が出来ずに顔をそむけると、すぐにサムの口唇が追いかけてくる。立
っているのがやっとだった。
やっと顔を離し、フロドは息を切らせてサムの肩に頬を押しつけた。再び、サムの腕が強く絡まる。
「フロド様、メリーの旦那は…」
怒ったようなサムの声。フロドは、ああ、と納得がいった。メリーのキスに、サムは妬いているのだ。
もしかしたら、とフロドは思う。昔から勘のよいメリーのこと、彼は自分たちの雰囲気を何か感じ取っ
ているのかもしれない。正面から尋ねることはしないが、それは彼の気遣いなのだろう。
先ほどのキスも、どちらかというと自分はだしに使われて、本当はサムをからかいたかっただけ、とも
考えられる。知性に富み、明るく冗談好きなメリー。しかし相手を傷つけることは決してしない。
サムは若い。この庭師の生活のほぼ半分以上、いや殆どを、恋人となった自分が占めていることを、フ
ロドはよくわかっていた。驚くほど一途にまっすぐに、自分を慕ってくれる。それはもちろん嬉しいこと
ではあったが反面、仕事を持ち忙しいサムに対してときどき申し訳ない気持ちになる。そしてその後には
サムを独り占めしたくてたまらなくもなるのだ。フロドとて、そんな自分を持て余している部分が無いわ
けでもなかった。
――今度、久しぶりにメリーと二人で酒でも飲もう。そういえばここのところ、いつもサムがいたので
二人きりでゆっくり会話する時間がなかった。
サムのことはまだ話せないかもしれないが、なんでもいい、なにか話そう。どうかするとサムへばかり
向かっている気持ちがメリーと向き合うことで、少しは落ち着くかもしれない。
「あれはほんのいたずらだよ、サム。私なら心配いらないよ」
フロドはサムの耳に口元を寄せてささやいた。
「お前がどうしても気になるなら…今からベッドで確かめてみる?」
サムの横顔に赤く灯がともり――次の瞬間、フロドの体は抱き上げられていた。
緑竜館。
「これをお返ししたくて、あなたをずっと探していたんです」
静かな雰囲気の、比較的若い男たちだった。メリーの隣に座った片方が懐から包みを取り出し、カウン
ターの上にそっと置く。メリーが開けてみると、無くしたと思っていたパイプだった。
「あの時、立ち上がった拍子に落とされたんです。私が声をかけたんですが、あなたは気づかずに走って
いってしまわれた」
「…ありがとうございます」
かすれた声で、やっと喉から言葉が出た。男のうちの一人がさりげなくビールをすすめる。メリーは反
射的にジョッキに手をのばしていた。心地よい冷たさが喉をうるおし、ようやく目の前の人間たちを冷静
に見られるようになった。息を整えなおし、再び彼らと向き合う。
「失礼しました。僕はメリアドク・ブランディバックといいます。メリーと呼んで下さい。
大きい人とはおめずらしいですね。旅をされているのですか?」
「ええ。二人で気ままに旅をしています。いずれは故郷へ帰りますが…しばらくは二人だけであちこち回
るつもりです。ここは景色も気候も良いところですね」
「はい、僕の自慢の故郷です。…ところで、よく僕がわかりましたね?」
人間二人は顔を見合わせた。
「目はきくんです。あっけにとられたあなたの顔が印象に残っていまして」
笑った顔が意外に人懐っこい。メリーは酔いも手伝って、少しの間この二人ととりとめのない会話を楽
しんだ。人間二人の話は飽きなかった。メリーの育ちの良さと、二人の朴訥な人柄は性が合うようだった。
「――あの時はまさか見られているとは思いませんでした。メリーさん、我々について、何も尋ねないの
ですか?」
会話が途切れた時、奥側にいた男がぽつりと聞いてきた。手前の男が、決まり悪そうに目を伏せる。
メリーは少し迷ってから、思い切って口をひらいた。
「お二人は恋人ですか?」
二人は同時にうなずいた。
「私達はお互いを必要としています。見ての通り、男どうしですが…それは関係ないんです。軽蔑します
か?わかってもらえないかもしれませんが――」
「そんなことはありません」メリーはにっこり笑った。「あなた方に似ている二人を知っています。どち
らも昔から僕の大切な友人です。彼らは最高の関係を築いています。友人どうしでもあり、おそらく恋人
のようでもあり、家族でもあり、それはもう羨ましいくらい仲がいい。…でも、彼らが恋人だろうとそう
でなかろうと、僕にとって彼らがどんな存在かは、変わりありません。ずっと僕の良き友人です。
ね、そうでしょう?」――
二人の男は、メリーの言葉を静かに聞いていた。一人の口元が細かく震え、もう一人の瞳にはうっすら
と涙がにじんでいた。
「その方たちは幸せですね。あなたという良い友人に恵まれています。
我々もいずれ、故郷へ戻ります。必ず、二人で帰ります」
「必ず、二人で。私たちのふるさとへ」
それは何かを決心したような、自分たちに言い聞かせるような口ぶりだった。
何かきっかけがあって、周囲の人間に自分たちの関係を知られてしまい、居づらくなったのかもしれな
い。
故郷を大切に思いながらも、しばらくは離れなければならなかった二人の辛さ。それでも、恋人どうし
で旅を続けられる、あとのない幸福感。
ひたむきな目をしている。どこかで見た、とメリーは考え、思い当たった。サムを見るフロドの、そし
てフロドを見守るサムと似ているのだった。
そこでふと、メリーは思い至った。
もし、フロドとサムが自分たちの関係について、誰にも言えず苦しんでいるとしたら?
誰か味方がいれば、少しは楽になれるのではないか?
この男たちと、彼らは似ている。ひたむきな純粋さを宿した瞳。だが、それは張りつめた一本の糸のよ
うに、バランスを崩せばあっという間に砕けそうな危うさと同居しているのだ。崖っぷちに立っているよ
うなぎりぎりの心を抱えて、彼らは過ごしているのだ。
その糸を守ってあげたい。切れないように、細くなりすぎないように。バランスを保てるように。
何も出来ないかもしれない。でも、今までと変わらずに、そばにいてやりたい。少なくとも、自分は味
方でいたい。
「ありがとうございます。あなたがたに、出会えてよかった。
是非またお会いしたい。その時はまた、このホビットの話し相手になっていただけますか?」
男たちは微笑し、同時にうなずいた。
「――道中お気をつけて」
メリーは丁寧に頭をさげた。目の前にいるのがフロドとサムのように錯覚した。変わらない、大切な友
人たちに。
(おわり)
いいわけタイム
夜の街中で若い男性二人が抱擁している場面を見たことがあります。
二人がどんな関係かはもちろんわからないです。ふざけていただけかもしれません。
でも何かふわっとした優しい雰囲気があり(と私は思った)、数秒の光景でしたがとても心に
残りました。
それを今回メリーの視点にしてみようと思い立ちました。書き出したら、なぜか登場人物が
勝手にだらだらとしゃべってくれました(ホント)
書きながら、このフロドとサムもそうだけど、どんな人でも大なり小なり悩みがあったり
普通にふるまっていても過去に何か悲しい経験や辛い体験があったり、
まさに今それを味わっていたり、でも他人には言いにくかったり遠慮したり
でも楽しいことも沢山あるわけだし、生きていくって色々な光と影を抱えているのだなあ、と
思った次第です。光の部分だけで生きていけたらどんなにいいでしょう。でも普通(?)は
なかなかそうはいかないですよね。時には他人の影の部分に気づいても、気づかないふりを
してあげる優しさがあってもいいと思うんです。このメリーのように。
光があれば、もちろん影もある。私たちは皆、影をふくめて『幾重の光を秘めて』生きている。
タイトルをつけるのが苦手なのでずいぶん悩みましたが、これにしました。
「かっこいいタイトルづけ講座」ってないかな(笑)ないか…。