影 =おまけ=
その人の柔らかい手が俺の頬に触れた。ヒヨスの毒気が体を駆け巡っているのか、
俺の感覚は朦朧としていく。このまま何かに引きずらて落ちていく感覚。夢か現かの
判断さえもわずらわしく、俺はこのまま眠りの世界に入りこみたくて目を閉じてし
まった。すると俺の頬を生き物のように滑っていく温かい手が、はるか彼方の記憶を
鮮やかに蘇みがえられてくる。
・・・かあ・・さん・・・
俺の頬を優しく愛撫した母の手・・・、俺の髪をその長い指で梳いたあの手のぬくも
りが、俺の意識の奥の奥から一気に眠りを覚ました。ヒヨスの毒が体に回っているせ
いか、その人の手のぬくもりが俺の体を熱くしていく。その温かさは動きを止めるこ
となく、頬から髪に、そしてまた頬に戻ったかと思うと、俺の衣服に絡みついた。そ
の人は器用に俺の衣服を解き、あらわになった腕に胸に、再び温かさを与えていっ
た。こんなに優しい手で触れられたのは何年振りだろうか・・・。母がしてくれたよ
うに、俺の体を緊張から解き放っていく。
「さあ、今度はあなたが私のドレスを脱がせるのよ。ただ脱がせるのではダメ。女の
心に火をつける脱がせ方があるのよ・・・。さあ、こうやって・・・。」
ヒヨスの毒がますます効いてきたが、頭のほんの片隅に、俺の理性が残っていた。そ
の理性に闘いを挑むように、大きなうねりが俺に飲みこもうとしている。
俺が女の衣装をほどくために手を伸ばすと、その手を女が後ろ手に捕らえ、ゆっく
りと未知なる世界に導いていく。女の手は俺の手首に絡み付き、己の衣装を果物の皮
を剥くように、一枚一枚、ゆっくりと床に落とす。女の裸体があらわになった。普段
はローヴに隠れされてひっそりと息づく女の体は、肌が透けて、青白い血管が浮かん
でいる。女は俺の手に尚も己の指を絡めて自分の胸元に導いていった。柔らかい体・
・・。母もそうだった。柔らかくて、温かくて、母の胸に抱かれて、眠れない夜を過
ごした時代もあったのだ・・・。忘れていたけれど・・・。俺は懐かしさに抗えず、
女の豊かな乳房に顔をうずめた。だが・・・。俺のしぐさが母を求める子のそれだと
気付いたのか、その人はいきなり俺を仰向けに抑えつけるように、上から俺を覗きこ
んだ。
「いいえ、だめよ。最初から女に母を求めては。それでは女は燃えない。ベッドの上
にはあなたと私の2人しかいない。例え思い出の中の女でも、ほかの女が入ることは
許さないわ。」
そういうと、女の顔はそれまでのしとやかな淑女から一変し、唇が赤くめらめらと色
づき、瞳が狩をする肉食獣のようにぎらぎらと輝き出した。さっきまで悲しい目をし
ていた、あの同じ女とは思えない豹変振りに、やはりその女が魔女キルケーなのかも
しれないという考えが、俺の頭の中を支配しはじめた。ヒヨスの毒を操る魔女。その
毒で男たちを思いのままに操る。その毒に俺も操られようとしているのか。女の手と
唇が俺の体を徘徊し始め、さきほどまでの穏やかな気持ちを押しのけるように、今ま
で感じたことのない感覚に凌駕されていく。この魔力の前では、自分の中で精一杯抵
抗してた力がどうあがいても抵抗しきれない微々たるものだということに気付かされ
る。
俺の理性の片隅で、それでも俺は必死で俺の光の名を呼んでいた。
―オスカル!助けてくれ・・・・・。
・・・・・・・・あとはご想像のままに・・・・・・・(byGemini)