我が君三




 今から約三月ほど前のこと、天子は病床の行洋と佐為との対面を取り持った。佐為がそれを切望したからである。
 ところがこの対面は、佐為に大きな失望を与えることになってしまった。皮肉な結果に天子もまた落胆せざるを得なかった。がしかし、しばらくするとふと胸に明るさが戻るのを彼は感じた。なぜなら、佐為が出生の謎に苦しんでいるということは自分だけが知るものであり、それは佐為の失意を知る者が自分だけであることを意味していたからである。
 もし佐為が苦しんでいるのなら・・・。苦しんでいるのは間違いないはずである、・・・もしそうであるなら、もし彼が今まで以上に苦しんでいるなら、自分にはなすべきことがあるはずである。こう思うと、天子は胸の奥底から突き上げてくる強い衝動に震えるのだった。

 嵐吹き 荒ぶる波に 我が身こそ 架けまほしけれ 君が橋とて 

 ・・・そなたのためにこの身を荒海に横たえよう、それでそなたが渡れるのなら・・・
 ・・・そなたの渡る橋になり、そなたが帰る心安き港となろう、それでそなたの心に平安が訪れるのなら・・・

 天子は心の中で、こう詠った。
 心の中で自然に浮かんだだけで、何一つ技巧をこらしたものでも無く、また佐為に書き送ろうと思って詠んだ訳でも無かった。しかし、胸に湧き上がる心情としては虚飾無いものだった。
 天子はこの心情をむろん右筆に任せず、自らの筆でしたためねばならなかった。あるいは、直接対面して自らの声で伝えねばならなかった。しかし、そうするには疲労が勝ち、しばしの休息が必要だった。
 次に目覚めた時、傍に桜内侍は居ず、控えていた蔵人が言上した。
「大学頭が主上に謁することを願い出ております」
 天子はいつも苦虫を噛み潰したような顕忠の顔を思い浮かべた。顔立ち自体は取り立てて悪いという程ではないが、同じ侍棋である佐為が美しすぎた。顕忠の顔は浅黒く、なんとも気難しげで、小皺の目立つ中年男のそれだった。
 逢いたいと思わない理由はむろん他にもある。顕忠は立ち居振る舞いに非の打ち所がなく、潔癖なまでに謙った態度をとる。しかしその実、こちらの内面をある種不遜なまでに見透かしてくる眼力を持っている。今このような時に、なおさら逢いたいなどとは思えない。そればかりでは無い。顕忠の言葉は常に魔力を持って天子に迫ってくる。聴きたくないと思う反面、どうにも興味を惹かれるという具合だった。
 天子は体調不良を理由に断ろうとすると、蔵人は言った。
「棋書編纂のことについて、申し出があるとのことでございます」
 またも先手を打たれた、と天子は思った。侍読の地位を与えた顕忠が今更棋書について何を意見しようというのか、無視できるはずなど無い。謁見を許すと、顕忠はいつものように寸分の隙も見せずに慇懃な態度で天子の御前に進み出た。そしてこう言上するのだった。
「棋書編纂の事業は、佐為殿の指揮監修の下、左大臣邸においてつつがなく執り行われていると聞き及んでおります。英邁な佐為殿のこと、内容にはむろん落ち度なく、未だかつて無い秀逸な書となることでございましょう。しかしながら、今一抹の心配事があり、侍棋の名をも冠します臣が、現時点までの棋書の編纂内容を拝見したく、これを主上に願い出るものでございます」
 これまたいまさら佐為の棋書に一体どんな難癖をつけようとしているのか、顕忠の慇懃な顔を見ると、天子は苛立ちを覚えた。同時に、しかしその願い出があまりにも露骨に感じられもした。顕忠はどんな場合ももっと狡猾で巧妙だった。それがこれほどまでに露骨に佐為に対する嫉妬心と敵対心を露わにするのはいささか奇妙に思えるのだった。天子は理由を尋ねると、顕忠は続けた。
「つつがなく進行していると思われた棋書編纂、ここに至って妙に急いている様子が臣には訝しく思われます」
「急いている? どうしてそう考えるのだ」
「ここ数日、いえ昨夜などは、佐為殿の弟子の検非違使・・・、今は東宮坊に仕えている者でございます、あの者が左大臣邸ではなく、佐為殿の自邸に出入しておりますことを漏れ聞き及んでおります」
 顕忠はここで、口角を僅かに上げた。
 いかに顕忠の言上することが、棋書編纂の進行不良という指摘の根拠とするのに、顕忠の言上することがいかに脈絡の無いものであろうと、関係なかった。これさえ言ってしまえば、後は自然にことが進むだけである。顕忠が予想した通り、天子は顔色を変えた。そして、押し出すように低い声で呟いた。
「・・・・昨・・・夜・・・?」
 行洋が身罷ったその夜に、佐為が弟子を呼んで棋書編纂に当たったなどということは到底ありえないことである。もし、顕忠が言うように本当に光が佐為の屋敷に行ったのなら、それは失意の佐為の前に最初に現れたのは、自分ではなく、光だということだった。顕忠が、こんなにも見え透いた体裁を整えて告げにやって来たのは決して棋書に難癖をつける為ではなく、光と佐為の接触を密告をする為だということを天子は知った。
 棋書に口出ししたいという意志が顕忠に無い訳ではないだろう。しかし、そのための理由としてはあまりに脈絡が無い。初めから筋など通っていなくて良いからである。光が佐為と逢ったことを一刻も早く伝えたいというその一点で、顕忠はじっと自分が起きるのを待っていたのだ。こと棋書のこと、すなわち佐為に繋がる事柄を持ち出せば、謁見が許されるだろうと考えたに違いない。そう考えると、顕忠が持ってきた密告がどうしようもなく事実のように感じられた。実際事実であったのだが、天子にもまた否定する要素が見当たらなかった。といっても光の行動の火付け役となった明のことにまで考えが及ぼうはずはない。むしろここに第三者が絡んだと想像するような動機も無ければ、寛容さも今彼の中に存在しなかった。顕忠は行洋方とは人脈も薄く、行洋と佐為の関係も知ろうはずは無い。そして現時点で行洋の死を知るのはまだごく限られた人物だけである。まして光など、この問題に関しては全く蚊帳の外のはずである。だとすれば、これまで節度を保っていた光が佐為の屋敷を訪ねた理由は限りなく絞られて行くのである。
 つまり光は佐為が呼んだに違いなかった。一つの憶測が頭に浮かぶと、天子はもうそれを払い除けることが出来なくなった。佐為の性質を良く理解していると、天子は考えていた。すなわち佐為は昨夜ばかりは耐え切れずに光を傍に呼んだに違いない。あるいはそうでなくても、他に理由があったとしても、二人が逢っているという事実だけは確かであり、それだけで十二分に胸が苦しくなった。顕忠がもたらした言葉は深く強く胸の底に錐を突き立てた。もしも心というものに実体があり、肉体と同様に血を流すことがあるなら、今自分の心は血を流していると感じられた。
 彼は人払いをすると重い体を引きずって、清涼殿の裏の内庭に降り立った。そしてここで再び剣をあらん限りに振り回した。刀が宙を斬り、樹木を伐る度に、清涼殿の柱という柱が、屋根という屋根が揺れた。
 しかし彼は程なく人に気付かれ、御殿に戻るはめになった。内庭にはこの度も無残な姿の植物の枝と葉が残されていた。ただ一つだけ前回と違う点があった。無惨に伐られたのは橘だけではなかった。そこには今は葉だけの紅梅も混じっていたのである。
 天子は寝所に入るのを拒み、昼御座に戻った。桜内侍が顕忠の謁見を知って駆けつけた時には、彼は微動だにせず一点を見据え、もう表情を動かすことは無かったという。
 
 そして間もなく天子は昇殿していた光を御前に召す機会を得たのである。
 光・・・。それは天子にとってこの数年の間、実に遠くて近い存在であった。佐為と再会し再び己が命に灯った情熱の焔が、常に照らし出す範囲に、この光という若者は居り、佐為を見ようとすると光の姿まで見ることになる・・・そうした存在だった。自分の意志とは関係なくいつも視界に入ってくるのである。佐為の背後に見え隠れする光の存在は常に不快であった。不快で在り続けた。
 佐為は、天子にとって嫉妬と独占欲という感情を自我の中で顕在化させた唯一の人物だった。おそらく幼い日々に、それらの感情は存在したに違いない。しかし、特殊な環境がそうした感情を緩慢にしてきた。求めずして向けられる敬意、好意、崇拝が溢れているのに対して、佐為は求めても手に入らない陽炎だった。そして、嫉妬と独占欲が顕在化すると、そのエネルギーは留まるところを知らなかった。
 天子は願望を成就する為に、一方では権力という既存の方法論をほぼ潜在的に採りながら、また一方では初めて帝の位を離れ、一個人として忍耐すること、献身することを学んだのだった。権威という点では最高の位置に居ながら、彼はその持てる地位と権力によって得られるものは所詮不完全であることもまた知っていたからである。
 努力と献身を重ね、今度こそ佐為を完全に自分だけのものにするはずだった。しかし、しばらくなりを潜めていたあの「光」が再び、その存在を主張したのである。そして彼は思い出した。佐為との間に契約があったことを。意識が薄れていたのには理由がある。一つには光が節度を持って佐為から離れ、なりを潜めていたこと。そしてもう一つには、打算的な契約を忘れ去るほどに今は天子が誠実な愛情に生きていた為である。




 光が都を去ってから半月が過ぎた。
 新東宮が決まらないまま宮中で行われた法要は、皇家にとっても公卿諸侯にとっても、お互いの腹に一物抱えながら牽制しあわねばならないというものだった。この時、天子は御簾越しに見る佐為の表情に影が差していることに気付いた。気付いたが、直接声を掛けることはしなかった。
 天子はこの秋の数ヶ月の間、東宮の葬儀と新東宮をめぐる諸侯の争いの狭間に立たなければならなかった。それも体調不良を極力隠しながら、そうした折衝に臨まねばならないという厳しい日々を過ごしていた。彼は関白がもう久しく自分の譲位を望んでいることを知っていた。しかし、太上天皇の権力が台頭する時代は未だ先のことである。今皇位を手放す訳にいかなかった。そして新東宮が決まらないこの状況に於いては、ますます皇位継承に関わる確固とした立場を示す必要があった。そうしたことに忙殺される日々は体力的にも精神的にも厳しく、光との対面が破滅的な結果に終わったことを、咀嚼し熟考する時間は無かったといってよい。そもそも、あの時点・・・・光を打ちのめした時点で全ては失われたと考えていた。しかし、それは漠然とした考えに過ぎず、実際に佐為に対して、ではこれからどう向き合うのか、それを考える時間はあの後与えられてはいなかった。佐為との時間も東宮薨去以来止まっていたのだ。そして漠然としたものであるが、佐為に逢うことに対する恐れが次第に心の中に広がっていくのも感じていた。佐為にまつわるいかなる情報をも、その恐れを刺激した。それゆえ政権抗争という問題にかまけることによって、ある種の逃避があったかもしれない。
 そして忙しい日々に内侍があることを告げた。光が既に官職を辞し、都から姿を消したらしいという話だった。天子はこの話を聴いてぞっとした。ますます佐為の顔を見るのが恐ろしくなった。どんなにか自分を恨み、光が都を去ったことを嘆き悲しんでいるか想像に難くなかったからである。光に都を去るように罵倒した自分を、佐為は必ずや恨むはずである。そして、その時点で自分と佐為の関係は間違いなく破綻するのである。光を排除することは佐為を失うことを意味していた。これはあの契約を交わした時からはっきりと二人の間に静かに横たわっていた暗黙の了解である。
 しかし、天子は悟らねばならなかった。佐為は政権に関わるような人物ではなかったが、確かに己が側近の一人であることに変わりはない。宮中の行事に彼が姿を現すのは当然のことなのである。天子は依然彼のその姿に心乱されるという苦しい現実を確認しなければならなかった。
 未だ己が恋情は消えることはなかった。それなのに、佐為との関係は破綻してしまった。破綻してしまったという圧倒的絶望感を心の奥で抱えながら、表面は新東宮問題に向かっていたのである。
 しかしながら、天子はさらなる絶望感を味わうことになった。それは光を打ったことで佐為との関係が破綻したという絶望とも、しかしそうした絶望を味わいながらも未だに強い恋着心にとらわれているということともまた違う、新たなる感情のうねりだった。今までに味わったことの無いその感情の波が何なのか、この時天子には未だ飲み込めていなかった。
 宮中の祭祀で久々に翳りのある佐為の姿を見た時のことである。まさしくこの時、天子に込み上げてくるものがあった。それは筆舌には尽くしがたい強い不快感だったのである。
 
 そして数日の後に佐為を傍に召した。絶望を味わいつつも、この地獄を抜け出す蜘蛛の糸を探さずにはいられない為である。佐為が自分を恨んでいるのなら、その恨みの深さを確認しなければ、天子は自分の心の在りかを見つけることが出来なかったし、不可解な己が心情の謎も解きたかった。
 すると、御前に上がった佐為は予想外のことを訴えた。それは光のことではなかった。棋書編纂に一緒に当たっていた宋国の棋待招が、行方知れずになってしまったというのである。花のように美しい顔が曇り、酷く沈んでいたのはその為だった。佐為は切々と言上した。
「兄弟子には放浪癖があり、しばらくはまたぶらりと旅に出たのかもしれないとも思いましたが、そうではありませんでした。宿泊している寺院にも何も言ってはいないのです。それどころか、私のところへ行くと言い残したのが最後だったといいます。棋書の編纂はほぼ完成に近付いたものの、まだ最終的な工程は残っております。左大臣様が検非違使庁に捜索をご依頼くださいましたが、一向に埒があきません。何卒、大君からも御命を」
 佐為はそう言上した。光にあのような仕打ちをした後も、自分に対する態度に何ら変わりは無かった。むしろ今の佐為は光のことよりも、兄弟子の安否に心が注がれているようにも感じられる。天子は佐為をじっと眺めながら考えを巡らせた。しばらくの後に自らもこれまでと変わりなく、慈しみ深い態度でこう言った。
「それは心痛を募らせたであろう。全力を挙げてそなたの兄弟子を探させよう」
 佐為は帝の言葉に安堵した。しかし、いつもと違ったのはその後天子が言葉を続けず黙り込んでしまった点である。ただ黙っていたのではない。自分をじっと見つめながら黙りこくってしまったのである。自分の前にこのように押し黙る天子は珍しかった。
 しかし佐為もまた自らの心配事に晴れぬ気持ちを引きずっていた為、天子と同じように言葉が出てくることは無かった。が、天子に言上せねばならぬことが他にもあった。亡き行洋のことである。行洋のことに関しては文でことのあらましを奏上しただけに過ぎなかった。佐為は言った。
「もはや、私には父も母もこの世には居りません。真実とも虚言とも判じかねる言葉を遺してお隠れになった方のことは考えてももう答えは出ぬでしょう。それよりも最後の対面を叶えてくださった大君のご慈悲こそが私には真実だったと申し上げるより他はありません。心より感謝申し上げております」
 佐為は額を床に擦り付けるように頭を下げた。佐為の謝辞は偽りの無い本心だった。それは天子にも伝わった。心から感謝を述べる佐為に心が動かないといったら嘘になる。胸に込み上げる恋情を、動かさない表情の下に抑え込むのは精神力を消耗する作業であった。
 しかし行洋といえばどうしても思い出さずにはいられない、もう一つの真実があるのである。それはとりもなおさず、佐為が行洋から受けた酷い仕打ちに落胆し絶望の淵に落ちたのを、慰めたのが自分ではなかったという事実である。心に浮かんだ佐為への想いを詠んだ歌は、ついに筆でしたためられることは無く、佐為に伝えられることもまた無かった。
 伝える気力を無くしてしまったあの時のことを思い起こすと、未だに心から血が流れる気がした。そして今度はそれだけではなく、どうにも胸の奥がじりじりと音を立てて燃え出すのである。その焔はどうにも消しがたく、静め難かった。そしてこの時も佐為の真摯な瞳を見てその瞳に魅入れば魅入るほどほぼ同時に、やはりその綺麗な瞳にじりじりと怒りを覚える自分が居るのである。
 こうした不可解に苛まれるのは二度目であった。それでも天子は表情を変えずに言った。
「余の慈悲こそがそなたにとって真実であったなら、その真実はそなたを苦しめたに違いない。知らなくても良い真実もこの世にはあろう。余はそなたを煽り、苦しめてしまった。とても辛く思っている。悔いても悔やみきれぬ」
 佐為はこれに強く抗議をして言った。
「違います。これは知らなくてはならぬ真実であり、知る定めにあったのです。この機会をお与えくださったことを心より感謝申し上げているのです」
 こう言上する佐為の顔には、物心ついてより此の方の、出生に関する長い懊悩に刻まれた痕が、目元、口元に透けて見えるような気がした。天子が初めて佐為を見初めた童子の頃の面影からはかなり隔たりがあった。あの少年の面差しと違えば違うほど、天子には胸に込み上げるものがあった。彼はもうこれで手一杯だった。相反する二つの心に苛まれながら、必死に堪えていた手を伸ばし、佐為の顔の輪郭をゆっくりとなぞった。その顔に、あの殿上童だった少年の日の人形のように白く透ける顔を必至に想い起こし、重ね合わせて見るのだった。
 そして天子は甘く優しいこんな言葉を聞いた。
「真に父も母も失った今、私にはたった一人だけ、この世に父と頼む方が残されました。我が君こそが私にとって唯一の父でございます」
 天子はしばし胸の焔が静まるような気がした。しかし、それは一瞬に過ぎなかった。
 佐為の言葉を、以前の天子が聞いていたならば、甘い陶酔に身も心も震えたに違いない。どんなにか、この言葉をあの若き日、少年に対して無垢な愛を注いだあの遠い日に、耳にしたかったことだろう。しかし今は、佐為に対して全く別の戦慄が走るのを覚えた。
 この大嘘つき・・・! 天子は心の中ではき捨てた。
 ところが、佐為に聞こえる声ではこう囁いたのである。
「人は変わっても余は変わらぬ。人がそなたを離れても余はそなたを離さぬ。そなたの為なら、この命とて捧げよう。惜しむものなど何があろう? 若藤の美しさに心奪われてより幾年経とうと、余の心は変わらぬ。今は美しく花を咲かす藤の木が頼り生うるのに必要な支え木となろう。それこそ本望だ!」
 
 佐為と別れた後に、天子は一人瞑想に耽った。
 やがて一つの答えが出た。
 光は佐為に何も伝えていないのだ。それは直感だった。光に敗北を宣言し光を打ちのめしたことを、佐為は知らない・・・・、知らないのだ。そして、先程味わったよりもさらに大きな戦慄が走った。身の毛もよだつような佐為への憎悪と怒りに恐れ慄いた。今天子は、心に芽生えた不可解な感情の真実を知った。佐為と逢って確認したのは、佐為が自分へ向ける感情がいかなるものかでは無かった。自分が佐為へ向ける感情がいかなるものであるかであったのだ。
 天子はさらに心の中でこう叫んだ。

 ・・・何故だ!
 何故だ! 何故だ! 何故だ!
 負けを宣言したのに、投了したのに、なぜ去った!?
 何故、何故都を去った・・・!?
 何も言わず、何も持ち去らず。
 まだ余にその高潔さを見せ付けるというのか!?
 余にますます惨めな敗北を与えるというのか。
 そなたは・・・いやそなた達は、それほどまでに余を貶めたいのか・・・!?
 まだ余を打ちのめしたいのか!?
 ならば良い。 
 そなた達の望みは何だ? その望みは決して叶えてはやるまい。それが報いだ・・・・!

 つづく

*幽べるさん、和歌のご指南ありがとうございました。

 
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