防人の歌六異聞
何処かで梟が鳴いている。
では共に泣きましょう。
どうして今宵はこんなに袖を濡らすのか。
暁はまだ遠い。
この長い夜をどうして独りで耐えることができようか。
紫は御帳の中に横たわっていた。さきほど愛しい少年が掛けた袿の袖は濡れていた。
弟のように可愛い少年だった。
真っ直ぐな瞳。愛くるしい笑顔。一途で誠実な心。失った今では尚一層愛しい。
ふと肩に温もり。
おかしい? あの子は去ったはず。
「何故泣く? 紫。 どうしても泣くならオレの衣を濡らせばいい」
「通匡様? どうして・・・・今日は宿直とおっしゃったのに」
「どうかしてた、オレは・・・すまない、紫。こんなことをして初めて分かった。おまえを愛している」
「・・・何を急におっしゃる?」
さっきの華奢な少年とはまるで違うたくましく広い胸をした男は、紫を抱きしめた。
「オレは、あいつが去らなかったら、出て行ってあいつを殴っていただろう」
「まさか、襖の陰にでも隠れておいででしたか・・・・?」
紫は責めるように言った。
「もう何も言うな、オレが悪かった」
「・・・・・・・・今更、そのようなことを言われるのですか。このように酷いことをお考えになったのはあなたですのに。『あの子を落としてみろ。成功したら、何でもおまえの好きにさせてやる。だから骨抜きにしてやれ!』とおっしゃったのはあなたですのに。 殴るなどと、ご無体なことを一体どの口がおっしゃるのか」
「どうか許せ。おまえを失いたくない」
「まったくあきれた方だこと。でも私は・・・・・、失敗してしまいましたね。あなたの企てにあの子は乗らなかった。でも賭けは私の勝ち・・・・そしてあの子の勝ちでもあります。あなたは二重の敗北を喫しました。もうお分かりになったでしょう? 都の美しい方はお諦めなさい」
「そんなことは言わなくとももう分かっている。それより・・・・・、随分と迫真の演技だったな。さすがは遊びで生きてきた女だ。それとも、あれはおまえの本心なのか?」
「・・・・さぁ、どうでしょう」
「都に付いてきて欲しい」
「それはまだ先のこと。その時になったら、また考えましょう」
「紫、・・・・まさか、ミイラ取りがミイラになったのではあるまいな。あんなガキの何処がいい」
「あなたの・・・・思い過ごしでございます。さぁ、もうお休みなさい。あの子は可愛い弟のような存在でした。もう逢えないのは大層辛いけれど・・・・」
「あの人もあいつをそう言っていた。その言葉は信用できん」
「あなたはもしかしたら、あの子よりも子供ですね・・・・・・。すべてはご自分で蒔いた種。あなたのお守で私は手一杯です。これからは良い子になさるがよろしいでしょう。・・・・私にどうか手間をかけさせるようなことはなさらないで」
そう言って男をなだめすかした紫の袖はしかし、暁まで乾くことが無かった。
(防人の歌六異聞 終わり)
つづく
*何かラクロの「危険な関係」のような話ですね。男女は入れ替わってますが。紫のイメージが崩れた方、ごめんなさい(−_−;)。でも私は彼女が好きです。いろんな理想を彼女に注ぎ込みました。モデルにしたキャラも複数。複数の理想が混在しています。(ままか)
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