月詠み おまけ

 

「おまえ、酔っ払ってるだろう」
 光は照れを隠すようにそう言った。
「酔っ払ってなんかいません。こんな少しのお酒で」
「そんな、オダテたって、何も出てこないからな」
「なーんだ、何も出てこないのですか」
 佐為はがっかりした顔をする。
「なんだよ、おまえ、ほんとに何か期待してたのかぁ」
「冗談です。光に何かして欲しいなんて思ってませんし」
「ちぇ、なんだよ」
「あ、でも光。返歌は?」
「え?」
「歌をあげたんですから、私にも返してください」
「ええーー!無理だよぉ、そんなの。オレ歌なんか作ったことないもん!」
「私も下手ですから、光も下手くそな歌でいいですよ。さぁさぁ」
 こ、こいつ。下手ってったって、おまえの「へた」とは、へたのレベルが違うんだよなぁ・・・。
「まぁ、じゃあさ、そのうちな」
「期待して待ってますからね」
 そう言って佐為は串に刺さった残りの魚を食べようとしていた。
「あーーっ!」
「何ですか!」
「その魚、ずるいよ。最後の1つ!」
「ええー、だってこれ美味しいから、私食べたい!」
 佐為は魚を隠すように体をひねって半分向こうを向く。
「分かった、おまえ、そんな歌を詠んでオレを油断させる作戦だったんだな!」
「何言ってるんです!私、そんな意地きたない真似しませんよ」
 佐為は怒ってぷいっとそっぽを向く。

「そうやってること自体、意地きたねーじゃないかよー。 」
「光ぅ、これ私の為に焼いてくれたんじゃなかったのですか?」
 今度は佐為は半泣き顔である。
「わーったよ、わーった。しょーがねーなー、もう」
「・・・・・・・・・・・・・」
「冗談です、光ったら。本気で私が、そんなに食い意地張ってると思ったのですか。ほらお食べなさい、成長期なんだから」
 佐為はそう言って、くるりと振り向き、光の口元に魚を持っていった。
「え、え、わ」
 予想外のリアクションに慌てながらも光は反射的に差し出された魚を頬ばった。やはり美味しい。こんなに美味しければ、さすがにどんなに気取ったお公家様でも姫君でも涎を垂らしそうな味である。
「んーー、やっぱコレほんとうめーなぁー。本当にいらないのか、佐為?」
「代わりにお酒を注いで下さい、光」
 佐為は見ないように、半身向こう側にひねって、さっき光が飲み干してしまった杯を差し出す。誘惑を振り切るかのようだ。
「ん」
 光はまだ熱い瓶子から、佐為の杯に注ぐ。 佐為はそれを美味しそうに口に運んだ。
「このお酒も美味しいですから、(魚は)いいんです」
 佐為がそう言うが早いか、光は杯を持つ佐為の右腕をまたぐいっと掴んだかと思うと自分の口に引き寄せて、残りの酒を飲み干してしまった。
「あーーーー!、光ーっ。何するんです!」
「いやー、美味しかった。佐為、ほんとこの酒ってヤツ、美味しいなぁ。なんか体が軽くなってくるぜ。ういっ。美味い肴には美味い酒だな」
「光〜〜っ。そんなぐいぐい飲んじゃダメですよ。酔っ払っちゃいますよ。光!」
「まぁ、そんな固いこと言うなって。ほらおまえもハイ!」
 光は串に残っている魚の半身を佐為の口に持っていった。佐為も反射的に差し出された魚をぱくっと口にする。
「光、お酒」
「はいはい」
 光はまた一つしかない杯に酒を注ぎ、今度はそれを佐為の口元に持っていく。佐為は結局、魚の串も、酒の杯もどちらも光に取られてしまった。
「光、この状態、なんかヤです」
 佐為の目は怒っていた。
「ごめーーーん、佐為ぃ。怒ったーぁ」
 今度は光は中腰になると後ろから両手を回して、佐為の肩に抱きついた。
「わ、わわ」
 突然のことに佐為は面食らう。

「・・・光、ほんとに酔っ払っちゃいましたね・・・・。あーあ・・・」
「酔ってなんかないって〜!」
 佐為の肩に抱きついたまま、光は器用に佐為の胸の前で酒を注いで佐為に勧めた。
「ん〜、なんかいい匂い。佐為、何の香付けてんだ・・・・ぁ?、おまえ・・・」
「光ったら、離れなさい。コラ」
「んー」
 その時、急に光の体重が体にのしかかるのを佐為は感じた。
「光!」
 呼んでも返事はない。佐為は光を肩からゆっくり剥がすと、くず折れて来た小柄な体を庇いながら床に降ろし、頭をひとまず、自分の膝の上に乗せた。あきれたことに寝てしまっている。
「光、光!、大丈夫ですか!、お水を飲んだ方がいいですよ、ほら」
 ゆすってもびくともしない。
「あらら」
 仕方ないので佐為は今度は膝の上の光の寝顔を眺めて、酒を飲んだ。冷えないように、自分の狩衣の袖をふわりと光の胴にかけてやる。
 また静まり返ってしまった屋敷の縁には虫の音が響き渡った。
 チロチロ チロチロ   リリリリ リリリリ
「まぁ、これも良きかな・・・・。と」

つづく

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