小夜鳴鳥十
「どうして・・・・棋待詔になられたのですか?」
佐為は兄弟子を鋭く見つめてこう問うた。
二人は酒を酌み交わしていた。こうして、久しく笑い声の絶えていた屋敷が賑やかさと人の温もりを取り戻してから数日が過ぎていた。
「やっと訊いたな」
法師はにっと笑った。
「ずっとお訊きしたい、そう思っていました。しかし、話すべきことが本当にたくさん有り過ぎて、あなたを前にすると何から話して良いのやら、分からなくなります」
「おまえにはさぞ、意外だったろう?」
「はい。あなたは縛られたくない、と。いつもそのようにおっしゃっていました。それが何故任官なさったのです?」
「話は初めてじゃなかった。オレは断り続けていた。棋待詔の打つ碁は自ずと様々なしがらみに縛られる。それは御免だった。オレは自由に碁を追及したかったからな。だが、オレが考えを変えるほど、魅力ある企てが持ち上がっているんだ」
「魅力ある企て?」
「ああ」
「一体何なのですか? それは」
「棋経は知ってるだろう?」
「はい、昔、師から教えて頂きました」
「そういう概論だけじゃない、もっと本格的な棋書を記すんだよ」
「もっと本格的な?」
「そうだ、実際に存在した対局や、定石の形を記すんだ。今まで生み出された棋法を雛型に流し込み、後世の人々が其処から新たな一歩を踏み出せるように」
「それは、あなたが昔夢に語っておられたことでは・・・・?」
「そうなんだ、それを皇帝が援助してくれる」
「それは素晴らしいですね!」
「棋待詔に任官したのは、棋書を書く為だ。百年、二百年いや、千年先の未来に残る棋書を作りたい」
「千年先の未来・・・」
「オレはオレのやり方でこの宇宙の最高の一手を知りたい、追求したい、そして、その至高の碁への道のりを誰かが歩むなら、時間も空間も越えてそれを手助けするものを作りたい、そう思ってきた。その誰かの歩む道のりを照らす為に既に在る理論を記した書が必要だと思ってきた。だが、オレには書を編纂するだけの力が無い。その力を今、皇帝が貸すという。時が到来したと思った。任官は不本意だが、今こそ、オレの棋譜が役に立つかもしれない。どうして、否と言う理由があるだろう。ただ、条件を一つだけ出したんだ」
「条件?」
「書を作る前に日本に来ることだ。おまえに逢いに来ることだ。おまえなしでは棋書は書けない。どうしてもおまえに逢う必要があった。オレに力を貸して欲しい」
「・・楊海殿」
「いや、もちろん、棋書を書く為だけに来たんじゃない。オレはおまえと約束していた。また再び、おまえのもとに戻ってくると、必ず。おまえの足になろうとオレは言った。大陸の碁を教えてやろうと。覚えているか?」
「覚えて・・・います」
「日本に来るのは、いやおまえに逢いに来るのはもっと先になると思っていた。だが時期はそのせいで早まった」
「そう・・・だったのですか」
「ところで、オレも訊きたい」
「はぁ、改まって何を?」
「おまえ奥方は? 子どもは?」
「え?・・・あ、ああ。その」
佐為は口篭もった。
「何を照れることがある? おまえは還俗したんだ、そういう暮らしをしていて当然だろう?」
「縁した人は・・・・居ないこともありませんでしたが、子どもは居ません。どうも私は、子に縁が遠いようです」
「では妻はどうした? この屋敷にはおまえ一人だと言ったが?」
「通っていたところがありました・・・。一人、ここに迎え入れたいと思った人も居ました。ですが、いろいろと不幸が重なってその人は亡くなったのです。・・・身篭っていた子も一緒に連れていってしまいました」
「そうか・・・・それで、ここの北の対には誰も居ないのか。悲しい話をさせて悪かったな」
「いえ、もう昔のことです。時は不思議ですね、楊海殿。痛みは何時の間にか癒えてゆくものです」
「だが、その人の亡くなった後、誰か妻を持たなかったのか?」
「いえ・・・ですが、その人とは生き別れに。・・・つまり離縁したのです」
「離縁? 何かその女に問題でもあったのか」
「とても優しくて美しく良い人でした。ただ、私が悪かったのです」
「どうして?」
「心が移りました」
「・・・・ふーん。それは不実だな」
「いかにも・・・不実です・・・。とても良い人だったのに・・・。その人の元から足が遠のきました。でもその人は待っていた・・・・私のことを。可愛い姫が居ました。その子を愛していました。あまり裕福ではない暮し向きにその姫が不憫でした。不義理をしてしまった償いに力を尽くしたいと思いました。これは本当です」
「おまえに子はいないと言ったな。じゃぁおまえの子じゃないんだろ?」
「ええ、でも姫はとても可愛い子だった。私に懐いていたし、あの子に逢いたかった」
「おまえ・・・・、一体その子を愛してたのか? それともその母君を愛してたのか?」
「そうですね・・・・多分どちらも・・・」
「まぁ、いい。で、おまえが心移りしてる間に愛想つかされたのか?」
「いえ、そういうことでは・・・。でももう今は他の方の奥方に・・・。もうあの姫にも逢えぬのです」
「ふーん・・・・・・なるほどな。それはだが、今のうちに離縁したのは正解だな。母子共に同衾するわけにも行くまい」
佐為はこの言葉を聞くと、今までの柔和な表情を一変させ、兄弟子を睨み付けた。
「楊海殿、酔っておいでですね! あなたはなんということをおっしゃるのです! 姫は幼かった。いくらあなたでもそんな暴言は許せません!」
しかし、なんという事もなしに、法師は笑いながら答えた。
「ああ、すまん、つい・・・・。確かに酔っ払ったかもしれんな。しらふでは、なかなか聞けないさ。おまえだって話さんだろう? で、心が移ったっていう新たな想い人はどうした?」
「・・・・・・・何故、そのように根掘り葉掘りと・・・あなたらしくありません。酒を飲もうと言われたのは、この為でしたか?」
「いいや、そんなことは無いさ。囲碁を打てば時の経つのも、胸の憂いも忘れるように、酒もまたしかりだ。そうだろう?」
「我亦忘憂耳(我また憂いを忘るるのみ)・・・ですね。憂いを忘れる・・・囲碁を打てば。ふふ、確かに違いない」
「そう、憂いを忘れる清い楽しみ・・・さ」
「しかし、酒もしかり・・・それは私には当てはまらない。酒を飲んでも、私から引き出せることなどつまらぬことばかり。私がいかに寂しい境遇にあるかお分かりになったでしょう。肉親の愛に恵まれぬのは昔と変わりません」
「そうだな、酒くらいで、おまえが全部話したとも思っていないし、別にオレは『源氏の物語』みたいな世界を生に聞きたいわけでもない」
「では、もう・・・・そのくらいにしてください」
「悪かった・・・。もういい。だが、じゃぁ、おまえは今独りなんだな。それを訊きたかっただけなんだ。すまん、しつこく訊いて」
「・・・・何故? 私が独り身かどうかを・・・・・?」
「ふふ。・・・いや、まだ軽はずみなことは口にすまい」
「楊海殿!? どういう意味です?」
詰問するような鋭い視線を佐為は向けた。だがこれに対して、法師はただ不遜な笑みを浮かべただけだった。
「・・・おまえ、肉親の愛に恵まれぬ・・と言ったな」
「はい・・・」
「確かにそうかもしれない。だが、オレが再び日本に来たのは、棋書の為だけじゃない。それははっきり言える。いくらオレでも、単なる知的好奇心だけでは危険な航海を冒す気にはなれない。この得体の知れない不可思議な想いを愛と呼んでいいなら、オレはおまえを愛しているんだろう。いや、愛という言葉は少し違うかもしれない。むしろこれは天命だと感じた。おまえとの縁が悪しきものでなければ、オレを乗せた船は難破することは無いと思った。だから、再び、此処に来た。それが肉親の愛に値するかどうかは分からない。だが、おまえはオレにとってそういう存在だ。でなければわざわざ、こんな遠くへやって来たりはしない」
「・・・・楊海殿」
「佐為。愛って何だろうな。とてつもなく広義な言葉だと思わないか」
「・・・・はい。おっしゃる通りです」
「友への愛、異性への愛、兄弟の愛、親が子に対する愛、子が親を慕う愛。そして師弟の愛。奪う愛、与える愛、分かち合う愛・・・・」
「楊海殿・・・・。近くに居る冷たい肉親よりも、余程あなたは私にとって近しい存在だった。針のむしろのような立派な館にあるよりも、山の奥の簡素な僧坊の方が私には心地よかったものでした」
「・・・そんなことを言われると・・・・感傷に浸らないこともないな」
「あなたでも・・・感傷に浸ることが?」
「あったりまえだ!」
「ふふ・・・」
「何が可笑しい?」
「いえ」
「ところで、佐為。オレは大分長居させて貰ったな。行洋殿のところへも顔を出し、それからしばらく山へ行く。いろいろとすることもあるんだ」
「そんな! ずっとここに居られるのかと思っていました」
「いや、あまり長居するのはまずいだろう。また来るよ」
「何故まずいのですか!?」
「わからんか?」
「わかりません」
なんていう澄んだ目をしてオレを見るんだ、おまえは。おまえのそういう純粋なところはちっとも変わっていない。
佐為・・・・。だが、例えばあの人のような、あんなふうな愛はな、時に憎しみや狂気と紙一重だってことをおまえは知っているだろうか?
だからオレはこれでいい。
「まぁいい。棋書の件でもおまえと再び、じっくり話したい。その前にいろいろ準備が要る」
「分かりました。都に戻られたら、また必ず此処に来てください」
「嬉しいな。そう言ってくれると。ああ必ず来るさ」
そう言って法師は笑った。
次の日、佐為はあの対局の日以来、初めて昇殿していた。
「今年の新嘗祭は、東宮と親王が碁を打つ」
「そうでございますか」
「しかし、東宮も親王たちも、最初の対局の後は、自由に、そなたや顕忠ら、優れた打ち手と打ちたいと申しておる」
「それは恐縮でございます」
「そなたも何か賭けると良い。東宮と親王は血筋の良い葦毛の馬を賭ける。
そなたは何が良い?」
「それは東宮様や親王様にお訊ねになられては如何でございましょう」
「ふふ、そんな必要はない。どうせ誰と打ってもそなたが勝つに決まっているであろう。良いか。指南の碁ではない。いくら相手が皇子なりとも賭け碁は本気で打つのだ。でなければ面白くない。つまり、賭ける品はそなたへの褒美だ。何なりと考えるがよい」
「しかし、それでは・・・」
「佐為、先日の宋人との対局で余は栄誉であった。いくらそなたの古き馴染みの者とはいえ、そなたは大国を代表する囲碁の達人に勝った。これ以上、日本の国主たる余にとって誇らしく名誉なことはない。その褒美と思うが良い」
「ありがとうございます。いつも、大君は私にこのような御慈悲を下さいます。しかしながら、何を賭けるか、今急には思い浮かばないのでございます。どうか今しばらくお時間を頂けないでしょうか」
「そなたは無欲であるな」
「いいえ、そのようなことは・・・。ただ、大君がいつも、私の望みを叶えてくださいます。以前、私にお尋ねになりました。そう、あれは七夕の少し前の日の宵のことでございました。私に何が望みかと」
「ああ、そなたに問うた。覚えている」
「大君はあの日から、私が求める碁の求道者を幾人も私の元へお連れ下さり、私に学ぶ機会をお与えになりました。碁打ちとして、これ以上の幸せはございません。感謝し尽くしても尚足りぬご恩を頂いたのでございます」
「それは・・・良かった・・・。そなたが喜ぶなら、それは余の本望だ。
しかし、そなたはそれだけで満足であろうか? そうではあるまい。そなたを先ほど無欲と言ったが、それは正確ではなかったな。そなたが無欲なのは囲碁以外のこと。囲碁の道においては何処までも貪欲であろう」
「ああ、確かに、恥ずかしながら私はそのような者かもしれませぬ。おっしゃる通りでございます」
「余に出来ることなら、何なりとしてやろう。褒美は、いや賭ける品はよく考えるがよい」
「はい・・・」
「ところで、あの宋人はそなたの屋敷に滞在していると聞いたが・・・」
「はい」
「ずっとそなたの所に居る予定なのか?」
「いえ、おそらく楊海殿には行かれる場所がおありかと・・・。
ただ、あまりに久しぶりに逢いました故に、今しばらく、と私が引き止め、旧交を温めているのでございます」
「そうか・・・」
帝はこう言うと黙ってしまったが、佐為もまた黙した。
私の肉親は冷たい。氷よりももっと冷たい、体温を感じることの無い父や兄達・・・。彼らにとって、私はただただ厭わしい存在なのだ。
だが、どうだ? ここ清涼殿におわしますあきつかみが秋の日差しのように私に優しいのは何故だろう。それは最初からそうだった。この方がお優しいのは良く知っていた。だが、それも以前の私には、ただただ厭わしかった。だが・・・今は。
「どうした、佐為?」
「いえ・・・」
「なんだ、何でも話すが良い」
「恐れながら・・・、君は私にとって、遠い血の方ではございません」
「いかにも・・・、その通りだ。どうしてそのようなことを突然申す?」
「大君、肉親の愛とは何でございましょう?」
「肉親・・父や母、兄弟のことを言うておるのか」
「はい」
「改めてそのようなことを問われても、すまぬが余にもよく・・・分からぬ」
帝は酷く混乱したような表情をした。
「すみませぬ、お困らせするつもりなど・・・。ただ、思ったのでございます。この世には肉親の情愛に勝るものがたくさんございます」
「肉親の愛に勝るもの・・・」
孤独であったのだ。
余もまた孤独であったのだ。
だから、そなたの苦しみは良く分かるのだ、誰よりも。
ああだから、・・・つまり、そなたの父だと ?
あのそなたの氷のように冷たい父よりも、余の方が真の父であると ?
そう言いたいのか?
そうでございます。願わくは貴方様のそのご慈愛に浴し、安寧な日々を過ごせたら、
どんなに良いかと、そう思うのでございます。
ああ、それでも良いと・・・。
それでも良いのだと、思っていた。そなた欲しさにそう思った。確かに。
そなたが余の近くに在るのならば、父としてでも良いと思った。まことにそう思った。
そして確かにそれを手に入れた。そなたの信頼を。
だが・・・・・!
ああ、本当に不思議だ。以前のことは私の見た幻だったのだろうか。
貴方がこのように私に近しく感じられる日が来ようとは思ってもみなかったこと。
今は心穏やかな帝のお顔を拝見すると何故このように安らぐのだろう。
なんと・・・、なんと憐れなことよ。そなたは本当の父というものを知らない。
だから、このような偽善を容易く信じるのだ。
そして、余はそなたのその孤独にこそ付け入っている。
余が慈父であると !? そんなことをそなたは本当に信じているのか!?
そなたは何処まで純粋なのだ 佐為!
不幸なことに、二人の心のずれは慈悲深き父・帝のみが知ることであり、この時まだ子は父の慈愛を信じて疑わなかったのである。
そして、いよいよ、法師が佐為の屋敷を辞す朝がやってきた。
二人は無言でお互いの顔を見合わせた。
「すっかり寒くなったな」
「こんな、これから冬になろうという時期に山に行かれるなんて・・・。今しばらく此処にいらっしゃれば良いものを」
「おまえの気持ちは嬉しい。しかし、今ひとつ、一身の安寧に浸ることもできない。疫れいが流行り出したな。大路には餓死者が増えているし、羅城門の外には屍が運ばれている。オレは無性に胸騒ぎがするんだ。これが限度だろう。一先ず都を離れるよ」
「お戻りになるのを待っています」
「おまえに諸天諸仏の加護があらんことを。時に、近くに在ることだけが愛とは限らない」
法師はそう言うと、佐為を抱きしめた。
佐為も法師の背に腕をまわすと言った。
「以前も、そのようにおっしゃいました。あなたの言葉はいつも真実です。楊海殿、どうか道中ご無事で」
法師が去った後の寝殿は再び、ひっそりと静まり返っていた。
久々にまた独りになった佐為は簀子に座した。
手にしたのは、光の文だった。
今一度、読み返した。
読んでしまうとまた初めから読み返した。
そして、盤上に並べたのはもう既に幾度か楊海法師と共に並べた光の対局だった。むろん光が問うた答えは既に出ていた。
彼は押し黙っていた。ひたすら沈黙していた。
彼は必死に考えていたのである。
そして数日の後、新嘗祭の日がやってきた。彼は身支度を整えると、厳しい表情で牛車へと乗
り込み、内裏に向かった。
新穀を神に献納する儀式があり、そして東宮と親王が駿馬を賭けて碁を打った。碁は新嘗祭に付きものであった。
かくしてのち、佐為も盤の前に座した。親王の一人と対局した佐為が、当然のごとく勝った。
しかし、なぜか、佐為はいまだに賭けの対象を決めてはいなかった。
「勝敗が決してから何を賭けるか決めるのもおかしなことだ」
帝は笑いながら言った。
「この次にお目通り致します時に必ずや、お答え致します。どうかお許しください」
「ははは、もうよい。そなたの答えは一年でも二年でも待っていよう。そなたを待つうちに斧の柄が朽ちてしまいそうだな、佐為。良い、それでこそそなたは碁打ちだ」
さらに数日が過ぎた。
佐為は帝の御前に座していた。囲碁の指南の日であったので、どんな祭事の時よりも近く対面を許されていた。そして、周りに控えている者もごく少数だった。
佐為がこの日を待ったのは、こうした訳だったのだ。
彼は一呼吸置くと、深く拝礼した。
「どうしたのだ、佐為。何を改まっている? もしや、賭けの品をやっと思いついたか」
「はい」
再び、深く頭を下げた。髪がはらりと落ちた。
「そうか。では何なりと言うが良い。さぁ」
帝の声は低く厚く、豊穣の深秋には相応しい響きがした。
そして、帝は誰よりも愛しい人を見守っていた。
しかし、田を作れば、稲穂が実り必ず収穫の時がくるように。
種を蒔けば、夏に花が咲き秋には実を結ぶように。
その時は来てしまったのだった。
来るべくして来た瞬間だった。
しかし、この時が何を意味するのか、帝も佐為も分かっていなかった。
だから、帝は聞いてしまった。絶望をもたらす声を。
誰よりも愛しい青年は、なんとも直向きで、これ以上無いほど真摯な口調で言上したというのに。
「 恐れながら申し上げます。
主上はおっしゃいました。碁打ちとしての私の夢を叶えてくださると。
ならば、そのご慈愛に溢れたお心に縋ることを、再びお許し頂けるのでしょうか。
ならば・・・ならば、今ひとたび、私の碁打ちとしての願いをお聞き入れ頂けるのでしょうか。
私には弟子が居りました。主上に許しがたい狼藉を働きました者です。その咎は言語に尽くしがたい大罪にございます。
しかしながら、君の深いご温情により、都の追放並びに大宰府への赴任に留めてくださったこと、いかに感謝申し上げても足りることはございません。
ですが・・・、ですが・・・・。碁打ちにとって、弟子は、今ある万波の強い打ち手にも優れたる玉にございます。ただ玉は磨かなければ光りません。今一度、弟子を都に
。
私の不祥の弟子に、今一度御慈悲を
。
どうか・・・どうか、恩赦を! なにとぞ恩赦を賜りたいのでございます!」
哀しいかな。天子はこの声を、この世の終わりを告げる弔鐘のように聞いたのだった。
つづく
back next
|