嵐山二
佐為は振り返った。
嵐のように舞う花びらの中で。
ああ、何を見ている? 私は何を見ている? そこに見えるのは幻だろうか。
佐為は我が目を疑った。
一度瞳を閉じてみた。だが、それでもそこに見えるのは、やはりあの少年のようだった。
にわかにはとても信じ難い。
彼はただただ黙ったまま、呆然と立ち尽くしていた。
少年もまた、そこに立ち止まったまま、動かなかった。いや、動けなかった。彼が振り返った瞬間、呪文を掛けられたように体が動かなくなってしまった。しかし視界だけが霞んでいくのを覚えた。涙は自ずと溢れ出てくる。頬を伝い顎を濡らした。頬と首筋が熱くなるのを感じる。奥歯を噛み、きゅっと唇を結んだが、それでも涙は止まらなかった。
少年は彼からほんの数歩離れたところに立っている。二人の間にあるのは、嵐のように舞い散る桜の花びらだけだった。
最初は驚きが佐為を包むばかりだった。が、やがてそれは戸惑いに変わっていった。
忘れるはずなど無い、忘れるはずなど。どうして忘れることなど出来ようか? 愛してやまないあの子の顔を! ああ、それなのに、ああそれなのに・・・
止まった記憶の中の少年の面差しとの違い・・・! それは彼に少なからず衝撃と戸惑いを与えた。眼前に現れた少年・・・否、若者と呼ぶ方が相応しいだろうか? 逢わなかった日々はかの少年に確実に時の鑿を加えていた。佐為はそれを突然突きつけられたのだ。
だが、少年は涙を流していた。その涙が、他ならぬ自分と再会したことによるものだと悟って、受け入れざるを得なくなった。それが「光」なのだと。
そう悟った瞬間、彼は迷わず歩を踏み出した。真っ直ぐに少年の方へ向かって。最後の一歩、二歩と迫った時に、彼は手を差し伸べていた。そして何も言わぬまま、少年を抱きしめた。
桜の花びらが二人の上に舞い落ちる。音もなく、静かに。
光はこうして佐為の許に戻った。そして放心したようにぐったりと瞳を閉じたのだった。
これこそ・・・、ああこれこそ・・・・・博多津の夕凪に、筑紫の山々に・・・遠い大宰府、西の都で・・・
幾夜夢に見ただろう? この腕を、この温もりを・・・・幾晩、想い描いただろう?
頭の中は今や真っ白で、何も入り込む余地はない。
光の嗚咽の声だけが木立の静寂の中に微かに空気を震わせている。
長い間、二人はまったく言葉を交わすことなく、ただ、抱き合っていた。
しかし、どれくらいの時が過ぎたのか。やがて、どちらからともなく、互いの顔を見る為に少し抱擁を緩めた。
佐為は、指先を光の顎に添えて、その顔をじっと見つめた。そしてやっと・・・やっと一言、こう言った。
「・・・・・これが光? 本当に光・・・?」
顎に添えられた彼の指先に、光も自分の手を重ねながら、眉間に皺を寄せて、涙に震える声で、やっと答えた。
「・・・オレの顔、忘れちゃったのか・・・?」
「・・・だって、こんなに・・・こんなに光は男前でしたか・・・?」
「あぁ・・・?」
光は何を言われたのか刹那には分からなかった。まったく肩透かしを食らったような感じがした。だが、佐為は言葉を続けた。
「・・・こんなに光は凛々しかったでしょうか? こんなに・・・ああ・・・こんなに背も高くなかった・・・もっと・・・もっと・・・光は・・・・」
佐為は瞳を見開いまま、今だ信じ難いというように光の顔を見つめていた。
「・・・オレは、何も変わってない。佐為、何も」
光は訴えた。
だが、佐為は両手で光の顔を包み込み、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ・・・光、あなたは変わりました。だって・・・ほら、こんなに・・・私が知っていた光とは違う」
光はその言葉を否定するように、彼の手をより一層強く握り締めた。
「変わってないって、言ってるじゃないか・・・佐為、いい加減にしろよ」
「ううん・・・光、そうやってあなたの口から出る声だって、前よりも少し低くなった・・・。そして、ほら、この頬も・・・・・・すっきりして・・・眼差しも凛々しく・・・。愛くるしかったあの光の顔は何処へ行ったのでしょう? 今ではそう・・・とても頼もしい顔になりました・・・」
「もう・・・いいよ、そんなことどうだって。おまえ、黙れ」
光は少し苛立たしげに言った。
「黙れ・・・? 私に「黙れ」ですって・・・? 確かに口のきき方は変わっていませんね。あなたはだいたい・・・」
と、その時、佐為の口は突然塞がれた。
光は佐為の首を強引に引き寄せ、その唇に自分の唇を押し当てたからだった。
不意を打たれた佐為は、ただ呆然と光の成すがままになっているだけだった。
少しして、光は自分の行動が一方的であることに気付いた。返ってこない抱擁に後悔を覚えた。佐為を放すと、ばつが悪そうに言った。
「・・・おまえが・・・黙らないからだ」
光は顔を真っ赤にして俯いた。口元を手の甲で拭おうとしたが、手が震えて上手くいかなかった。
何か佐為が言うだろうと思って待っていた。が、先程とは打って変わって、佐為は黙ってしまった。期待したような言葉は何も返ってはこなかった。恐る恐る見上げると、まだ、彼は同じ顔をしていた。ただ瞳を見開いて自分を見つめているのだ。
たまらず、光は小さな声で訊ねた。
「・・・怒った・・・?」
それでも彼は何も答えなかった。ただ驚いたように、自分を見つめるだけだった。光は尚更ばつが悪くなった。視線を合わせるのは気まずい。だから、仕方なく、彼が纏っている衣に視線を彷徨わせた。すると自然に、臥蝶丸の紋が目に入った。彼の着ている白い直衣の紋様だった。
心を落ち着けて見ると、舞い散る桜花の中に佇む彼の姿は一年前と寸分も変わらず優雅で美しい。いや、一年前よりももっと美しいように光には思われた。
あんなに美しいと思った紫の君でさえ、ここまでは美しくなかった! そうだ、やっぱりおまえは誰よりも美しい・・・!
しかし、その時光ははっとした。佐為の輝き匂うような美しさを改めて目の当たりにして、長旅を続けてきた自分の姿がまったく彼にそぐわないことに気がついたのだ。光は慌てて衣についた土や埃を払った。
「ああ、そうだ・・・オレ、こんなに汚い格好で、おまえの衣を汚しちゃったな、ごめん。長旅だったから、ずっとこのままで・・・それに必死にここに駆けてきたから・・・汗と埃まみれだ。オレ、見れば見るほど激しく汚れてる・・・こんな汚ない格好で、ごめん・・・・・オレ、つい・・・」
そして、ぶるっと肩を震わせたかと思うと、大きなくしゃみを一つした。
馬を駆け通しで、光は大汗をかいていた。その汗が今では忍び寄る夕刻の冷気にさらされて、肌を冷やしていた。
光の大きなくしゃみを聞いて、佐為は我に返ったように、口を開いた。
「光は何を言っている・・・?」
佐為の手は再び光の頬に添えられた。優しく、労わるように、ゆっくりと。そして問い掛けるような深い眼差しで光を包んだ。
「何って・・・」
光はきょとんとした顔で答えた。佐為の言っていることこそ分からない。
しかし、再び佐為は口を開いた。
「光は何を言っている? 私の光の何処が汚い・・・?」
「だから・・・こんなに汚れてるじゃないか。湯浴みもしてないし、何日も着替えてない。せめて着替えてくれば良かった・・・ごめん」
「どうして、光? ほら・・・こんなに・・・こんなにあなたは綺麗なのに・・・」
佐為は、光の瞳をまっすぐに見詰めてそう言った。魂が魂に語り掛けるような言葉だった。
光の瞳からは再び涙が溢れ出た。そして涙に震える声で言った。
「・・おまえ、おかしくなっちゃったのか? 言ってることが変だ、オレが綺麗だなんて・・・おまえ、変だ・・・おかしなことを言うな・・・」
佐為はふふっと微笑んだかと思うと、光の頬をやさしく撫でた。だが、やがて真顔になった。
「・・・よく・・・帰ってきましたね・・・」
佐為はやっとそう言った。
「でも・・・どうやってここへ?」
「おまえのところに行ったんだ。でもおまえは留守で・・・嵯峨に行ったって聞いたから、だから来たんだ、ここへ」
「家の者には詳しく言ってこなかったはずです・・・あなたは、あてもなく私を探しにここへ来たのですか?」
「そうだよ、いけないか!?」
「逢えなかったかもしれないのに・・・?」
「だって、オレの帰る場所はおまえの居る処だって言ったはずだ!・・・いや、言わなかったかもしれない・・・、それはどうでもいい。とにかく、おまえの居ない都に帰ってきても、それは本当に帰ってきたってことじゃないんだ。だから、オレはここに来た!」
佐為はその強い主張を聞くと、答える代わりに強く少年を抱き寄せた。
光の髪が頬をくすぐる。彼は愛しげにその髪を撫でた。優しい愛撫は光の髪から頬へ、そして顎に滑っていった。少年の頤に、長く優雅な指先を差し入れると、鼻先が触れ合うばかりに二人の瞳は近付いた。
「・・・綺麗なのはおまえだ」
光は佐為の顔に手を触れながら、低く囁いた。
しかし、まるで聞いていないかのような言葉が返ってきた。
「・・・こんなに汗をかいて・・・すっかり体が冷えてしまっている・・・可哀相に」
彼はそう言うと、尚一層少年の細い肩を袖で包み込んだ。
「いや、暑いくらいさ。オレは全然平気だよ・・・」
佐為の衣に包まれて、そこから顔だけを覗かせて、光が言った。
「先ほど、くしゃみをしていました」
「してないよ!」
「それに、ほら・・・衣が濡れている。これでは寒いでしょう。」
佐為は光の首元の単に触れると、心配げにそう言った。
「平気だったら!」
光は少し、苛立ったように言うと、自分の喉元にあった佐為の手を握った。
「もう・・・言葉はいい。オレ達、さっきから何を言っても噛み合わない。てんでずれてる。だから、もういい、もう黙れ」
「また・・・黙れなどと・・・」
「おまえが要らないことばかり言うからだ」
「要らないことばかり言う・・・?
ああ、だとしたら・・・それは、光が今私の腕の中に居てくれて、どうしていいか分からないくらい嬉しいからですよ」
「嬉しい・・・?」
「嬉しいです・・・」
酷く率直に佐為はそう答えた。そう答えた声は少し掠れていた。何故なら彼の瞳は濡れていたからだった。光は信じられないものを見たような気がした。
「おまえが・・・泣くなんて・・・」
「・・・泣くのは、可笑しい?」
「ううん、可笑しくない。・・・ただ」
「ただ・・・?」
「おまえが泣いたの、随分久しぶりに見たような気がする・・・」
「ふふ・・・」
「やっと会話が噛み合った」
「では話しても・・・?」
「いや、いい。何から話していいか分からない」
「話したいことがたくさん・・・?」
「うん、たくさんあるよ。たくさん有りすぎて、何を話していいか分からない」
「前も・・・光は同じことを言っていた・・・」
「だったら、何も話さなければいい・・・って、おまえが言ったんだ」
「ええ・・・・・そうでしたね」
「・・・佐為」
「・・・」
光は佐為の首に再び手を回し、彼の美しい顔を自分の方へ引き寄せると、うっすらと開かれた桜の花びらのような唇に、小刻みに震える自分の唇を重ねあわせた。
触れあった唇からも、髪に差し入れられた指先からも光の震えが佐為に伝わる。
ああ・・・!
震える指先、震える唇。背は伸びてもやはり細く小柄な体。
けれども溢れる想いを真っ直ぐにぶつける瞳の力強さ!
光は私の許に帰ってきたのだ。
ああ、だから・・・今ばかりは胸の奥の躊躇を棄ててしまうがいい!
佐為は瞳を閉じた。そして光をぎゅっと抱きしめると、今度は口付けを返した。
辺りは深閑としていた。時折、舞い散る花びらだけが空気の動きを感じさせる。
堰を切ったような抱擁の嵐が治まると、佐為の胸に体を預け、彼の髪に指で触れながら光は言った。
「嵐山の桜を・・・見に行こうって、おまえ言ってた・・・覚えてる?」
「覚えています・・・」
佐為は光の耳元に接吻しながら吐息のように答えた。
「こんな風にひっそりと・・・人が見ようと見まいと、美しく咲いて・・・そして散っていく桜を見たいと・・・そう思いました」
「思いがけず叶ったな・・・佐為」
光は笑った。日の光がぱっとそこだけに差したようだった。
その笑みに佐為は瞳を細めた。
「こんな桜を、あなたと一緒に見たいと・・・あなたと共に眺めたら、どんなにか美しいだろうと、そう思いました・・・」
「オレと一緒に見たら・・・?」
「あなたと一緒に見たら・・・」
「見え方が変わる?」
「変わります」
「・・・どんな風に?」
「あなたが此処に現れる前と、今とでは全然違う・・・そう、まるで・・・」
「まるで・・・?」
「桜は・・・もともと美しいのだけれど・・・こうして日が陰り出した夕べに眺めても、桜は桜。変わらず美しい。だけど、私はとても哀しかった。哀しみを埋めるものなど無かった。あなたの他にはね、光。
ところが、あなたがこうして、ここに現れたら・・・いえ、あなたが私の許に戻ってきたら、今一度、桜の花に明るい光が差したようだ・・・・世界は変わった・・・光、あなたには分かるはず・・・私達は魂の奥底で繋がっているから・・・ねぇ、光・・・そうではありませんか」
「ああ・・・そうだ・・・そうに違いない」
光は力を込めて頷いた。
「佐為・・・」
「はい・・・?」
「やっぱり、オレ背が伸びたんだな。おまえの顔が前より近い。おまえの顔を見上げても前ほど疲れない」
「・・・だから、さっきから言っています」
「そっか・・・」
佐為は光の頬を愛しげに撫でながら言った。
「こんなに男らしく、凛々しい顔になって・・・屋敷に帰って、汚れを落としましょう。身なりを整えて、そうしたら、立派で美しい公達に見えるに違いない」
「オレが・・・? そんなの無理だよ、はは。やっぱり佐為は少しおかしい・・・」
「では、私がおかしいかどうか・・・帰って確かめましょう。それにもう帰らないと、日が暮れてしまう」
「そうだな・・・」
「それから帰ったら碁を打ちましょう、光。だから、早く帰らないと」
「はは、相変わらずだな!」
光は名残惜しく思いながらも、笑ってそう答えた。しかしはっとすると、語調をまるっきり変えて付け加えた。
「・・・そうだ、オレも打ちたい、おまえと! いや、違う・・・打って欲しい。オレは打って欲しい、おまえに。佐為・・・! たくさん想いはあるけど、たくさんたくさんあるけど、オレが一番言いたいことはこれだ。佐為、それは変わらない、絶対。だって、オレの師は・・・・オレの師は・・・・おまえだけだ、・・・・・・佐為! もう告げたはずだ」
佐為は深い深い眼差しを光に返し、大きく頷いた。
「分かっています・・・よく分かっていますよ・・・光」
今一度、佐為は光をこれ以上無い程強く抱きしめた。
そして光の肩を抱きながら歩いた。二人を花吹雪で包み隠した桜の木立を後にして。牛車と馬を待たせているところまで二人は互いの温もりを感じながら歩を進めた。
しかし、車のところに戻って、光は気が付いた。
「そっか、屋敷まではばらばらに帰らないといけない・・・」
声音に表れないように努めたが、光はその事実に気付いて心底落胆していた。
今日ばかりは日が暮れなければいい、そう思った。やっと取り戻した彼の温もりを、今喩え一時的にでも此処で手離さなければならないのは、耐えがたいことに思われた。
しかし、なんということは無しに、佐為が言った。
「あなたの後ろに乗せてください。一緒に行きましょう」
光は呆気にとられた。
「・・・・・車は?」
「空のまま、家に帰るように言います。私はあなたの馬に乗せてください」
「おまえが馬に?」
「いけませんか?」
光はしばし唖然としていたが、慌てて答えた。
「いや、そんなことはない! そうだ、その方が早く帰れる。分かった、乗れよ!」
そう言うと、光は馬に跨り、佐為にも手を貸した。光の後ろに佐為は跨った。
「ちゃんと掴まってろよ!」
光は馬の腹を蹴った。佐為は光の胴に腕を回して掴まった。馬の背に揺られながら、背中に佐為の温もりを感じる。
少し行くと、佐為が何かに気付いたように言った。
「この馬は光の馬ではありませんね」
「こいつは賀茂から借りたんだ」
「やはり、そうですか。そのような気がしました」
「どうして? なんで分かるんだ?」
「私もこの馬に乗ったことがあるからですよ」
「おまえが? この馬に?」
「・・・そう、あの時もこうして、あなたと二人でした・・・。手綱を握っていたのは私の方でしたけどね」
「おまえと二人で馬に乗った? そんな覚えはないよ、オレ」
光は訝しく思ったが、手綱を引いているので前を見たままそう返した。
「そうですね・・・あなたが覚えているはずはない」
「どうして?」
「だって光はあの時、大怪我を負って気を失っていたから・・・」
佐為は遠い目をして答えた。
光は今の言葉を聞いてはっとした。
「そうか、あの時か・・・・・!」
「あの時私は必死だった。
光はぐったりしていて、私の腕の中でどんどん蒼ざめていくし・・・。一刻も早く手当てをしなければ、と・・・気持ちばかり焦りました・・・私は乗馬が得意ではないし・・・けれども、あの時だけは必死に馬の手綱を握りましたよ」
「そうか、おまえ、オレを乗せて走ったのか・・・そうか・・・おまえが・・・そうか・・・」
光はやはり前を向いて馬を進めながら、感慨深げに幾度もそう言った。
背中には確かな体温を感じ続けていた。それだけではない。頬を良い香りの髪の毛が時折くすぐるのだった。彼は光の胴に掴まりながら時折少年の髪に口付けを落としていた。
顔が見たい・・・! 嘘でないか確かめたい! 堪らない衝動が光を襲った。
馬を進めながら、光は後ろを振り向き彼の顔を見上げた。すると、直ぐそこに暖かい色の瞳を縁取る長い睫が揺れていた。
ああこんなに近くにおまえが居る!
光はこれ以上ないほど幸福だと感じた。
だからごく自然に、彼に向かって零れるような笑顔をして見せた。
すると、佐為はなんとも困ったような瞳をした。と思うと、次の瞬間には光の唇は塞がれてしまった。光は慌てて馬の手綱を引き、馬を止めるよりほかなかった。
新緑の嵐山。桜の花びら舞う野辺。
光は彼の首に腕を回した。永遠にこの瞬間が止まってしまってもいい!
しばしの後、光は馬を止めたまま佐為の胸に背をもたれて言った。
「人に・・・見られるよ・・・。それにこれじゃぁ、帰り着かない」
「・・・そうですね、ごめん・・・光。でもあなたがいけない・・・あなたがあんな顔で振り返るから」
「・・・」
光は顔を赤らめた。が、直ぐに気を取り直して言葉を返した。
「おまえ、オレのせいにするのか!?」
「ええ、あなたのせいです」
見なくても光には佐為が悪戯っぽく微笑んだのが分かった。
「飛ばすぞ、いいか?」
「分かりました」
「しっかり、掴まってて、佐為。落ちるなよ!」
「は・・・はい」
「よし、さぁ行くぞ!」
眼前には桂川のせせらぎ。夕刻の柔らかな風。金褐色の光が残る野辺。時折舞う桜の花びら。
光は馬の腹を蹴り、そして佐為の屋敷のある左京へ向けて思いきり馬を走らせたのだった。
嵐山 終 ・
つづく
*このお話を東風さんに捧げます。キリ番44444を踏んでくださった時に、佐為と光の再会をリクエストしてくださいました(^^)!。有難うございました。二人が再会するのは私の中では決まっていたことでしたが、読んでくださってる皆さんには長かったと思います。リクを頂いてから、もう半年以上経ってしまいましたが、やっとお届けできました。
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