菖蒲二
光は意気揚揚と佐為の屋敷の中門を潜った。今日は少し安心して外出をしていた。父の病の小康状態が続いていたからだ。まるでそんな光を歓迎するように、佐為の屋敷はいつもとは違っていた。其処此処が菖蒲の香りに包まれている。
そして何より、佐為からの遣いがあったのだ。光の父の具合のことを知ったのだろう、屋敷を訪れるようにとの伝言だった。
光がやって来ると、佐為は待ちかねたように簀子に姿を現した。そして、顔を輝かし階を上ってきた少年を、何を言うよりもまず胸に抱きしめた。
「わっ」
光は声をあげた。一瞬にして全身が良い香りに包まれた。むせ返るような香気にくらっとする。
別に珍しいことではなかったのだが、ひさしぶりだったせいだろうか? 今日はいつにも増して熱烈な抱擁に少し照れくささを感じた。
抱きしめられたままで居ると、さらにこんな言葉が降ってきた。
「逢いたかった・・・」
心の底から搾り出したような声だった。光は、全身から力が抜け落ちていくような気がした。
「・・・オレの台詞だ」
普段の強気を少し取り戻すと、幾分抗議するように光はやっとそう言った。すると髪に口付けが落とされるのを感じた。
以前もよく光はこんな風に抱きしめられた。その時、顔は彼の胸に埋められたものだった。しかし、今は彼の肩ごしに屋敷の様子が見える。かつて頬に感じた衣の感触が今は彼の髪と首筋に変わっていた。
このままこの腕のなかにずっと居たいと光は思った。
「さぁ、おいで。よく来ましたね」
佐為は光の肩を抱いて奥へいざなった。そして矢継ぎ早に話し掛けた。
「疲れてはいませんか? お勤めは大変でしょう? 父上はいかがですか? ・・・・」
「待てよ、そう一度に聞くなって! 何から答えていいか分からないだろ? おまえらしいな、もう!」
光は笑って言った。
着いて早々の抱擁に、夢の中に落ちていくような陶酔で痺れた光も、こうして笑えば、もういつもの空気を取り戻した。光はみるみる自分の心が晴れ渡って行くのを感じた。
まるで朝明けの空だ!
おまえと居ると、世界が明るくなっていく!
光はそう思った。
「それより、菖蒲だらけだな」
「去年の端午の節句にはあなたが居ませんでした。今年はあなたが居るから、たくさん用意しましたよ。薬玉を柱に掛けるのはこれからです」
佐為は満面に笑みを浮かべてそう言った。酷く嬉しそうだった。
薬玉(くすだま)とは香を入れた袋に菖蒲を飾り付け五色の糸を垂らしたものである。端午の節会が迫っていたので、佐為の屋敷もその準備がなされていたのだった。
寝殿の母屋に腰を下ろすと、光が言った。
「どうせ、またあっちからこっちから薬玉が届いてるんだろう?」
光は一昨年のことを思い出していた。薬玉は贈り物としてこの時期、人々の間を授受されるものである。ひときわ立派なものが宮中から届いたことも覚えていた。
自分が今年の端午の節会に居ることを、佐為がいかにも喜んでいる様子なのが、内心はとても嬉しかった。だが、再会してよりこの方、思うように逢う時間のなかった日々に苛立ちが積もっていた。それが一昨年の記憶とあいまって、頭をもたげた。光は嬉しさ半分、苛立ち半分の不可解な衝動に駆られ、いくぶんぶっきらぼうな物言いをしたのだった。
佐為はしかし、光のそのような今だ子供じみた様子をも、嬉しくて仕方がないといった様子で見つめていた。
「さぁ、どうでしょうね」
悪戯っぽい顔でそんな風に言う。
美しい顔に輝くような笑みをたたえていた。光はそんな彼の笑顔が眩しかったけれど、尚もそっけなく続けた。
「オレのなんか、要らないだろうけど、一応持ってきたぜ、ほら」
少年は持ってきた薬玉を取り出して見せた。
佐為は感激してそれを受け取ると言った。
「誰のよりも嬉しいですよ」
「母上に作ってもらったんだ」
「では一番良いところに掛けましょう」
ようやく二人は素直に目と目を合わせ、微笑みを交わした。もしも空気の色を表現できるなら、二人でこうして笑みを交わす処にある空気は金褐色とも虹色とも光は思っただろう。
それから碁を打った。光は枯渇していた泉に水が満たされていくのを感じた。
やはり、この瞬間を待ち望んでいた・・・そう心から思った。
碁を打ち終えると、光は碁笥に石を片付けた。そしてその時、それは偶然光の目に入った。光は碁笥の底の方に見慣れぬ石を見つけると、手にとって眺めた。
「これ、何?」
すると佐為は慌てたように言った。
「ああ!こんなところにあったのですね。良かった・・・何処に行ってしまったのかと思っていました」
「これ、探してたの?」
「そうなんです・・・・・・助かりました」
何か大切なものを無くしていたことの後ろめたさなのか、佐為は決まり悪そうに微笑んだ。そして光に語りかけた。
「光、どう・・・綺麗でしょう?」
「何、これ双六の石?」
光は訝しげに、掌の不思議な石を見つめた。
碁石と同じ程度の大きさだが、酷く形が整った円形をしている。普通、碁石はこれほど整った綺麗な円形をしていることはない。もっといびつだ。そして、さらに不思議に思ったのは石の色だった。鮮やかな朱色をしている。それだけではない。石の表面には絵が描かれていた。いや、よく見ると彫られている。見たことの無い不思議な鳥だ。そして、その鳥はこれまた見たことのない不思議な花をくわえていた。
不思議そうに石を見つめる光の肩に手を掛けると佐為は言った。
「これはね、双六の石ではないのですよ。れっきとした碁石です」
「碁石? これが・・・? こんなに鮮やかな朱色をしていて、絵まで描いてあるこれが?」
「そう碁石です。光、絶対に人に口外してはいけませんよ。これね・・・実は正倉院にあった碁石なのです」
「正倉院・・・?」
「奈良の東大寺にある宝物倉のことです」
「東大寺・・・? 東大寺・・・・・・どっかで聞いたような・・・」
「どうかしましたか?光」
「ああ、そうだ! 賀茂から聞いたんだ」
「明殿から?」
「うん、オレさ、都に帰ってきた日に、賀茂と碁を打ったんだ。ほら、おまえを嵯峨に探しに行った日だよ!」
「碁を打った・・・? 私を必死に探しにきてくれたのに・・・? 碁を打つ時間などあったのですか」
「いや、途中道端で休んだ時に、地面に線を書いて碁を打ったんだ。打てなくはないだろう?」
「そうですね、確かに」
「でも時間がなかったから、打ち掛けにしたんだ。続きはこの前、あいつのところで打った。後で見せてやるよ、結構面白かったんだ」
「・・・でもどうして東大寺の話が?」
「地面に線を書いて碁を打ったって言ったろう? ちょうど桜の木の下だったんだ。書いていたら、上から桜の花が落ちてきて、・・・それが、花弁を五つ付けた花の形のままのがさ。それで、それを星の位置に置いたんだ。なかなか粋だろう? そしたらあいつがさ、こういう風に星に花の図柄が細工がしてある碁盤が東大寺にあるって」
「明殿が・・・さすが物知りですね、彼は」
「まぁな。でも行洋殿に聞いたって言ってた」
「ああ、なるほど・・・」
佐為は頷いた。
そして、一人思い起こした。
あの時も大層懐かしがられていた・・・。あの紫檀の碁盤をご覧になって、話された。昔東大寺に赴いた時、勅許を得て、倉の宝物を見たことがあったのだと・・・そうおっしゃっていた・・・。
佐為は、さらに痩せた行洋の姿を思い出し、胸が痛んだ。
「光、その碁盤で先日、碁を打ちました」
「その碁盤て、賀茂が言ってた碁盤のことか!?」
「そうです・・・言ったでしょう。帝が行洋殿の邸に御幸された日のことです。あの時、正倉院から密かに取り寄せられた碁盤を見たのですよ。あなたにも見せたかった…ふふ」
「なんだよ? その意味ありげな笑いは」
「面白い仕掛けがあってね、光。ほら、絵に描いてあげます」
そう言うと、佐為は筆をとり、碁盤にあった仕掛けを描いて説明した。
「こんな風に・・・亀の形をしたアゲハマ入れを引くとね、反対側から鼈
が飛び出すのですよ。面白いでしょう? 光が見たら驚くのに・・・と、思いました。ふふ・・見せてあげられないのが残念です」
「なんだって? オレはそんなくらいじゃ驚かないさ! ふふふ、あっはっは! それより、この絵の方がずっと面白い。あっはっはっは」
「なんです、光?」
「だって、この亀と鼈の絵、笑える! オレの方がまだ上手に描けるぜ」
「なんですって、光? 私より上手く描けるですって? よくもそんなことが言えますね、知っていますよ。光の絵が光の字と同じくらい下手くそなことくらいね」
「なんだって、言ったな! よし、じゃぁ描いてやるから見てろよ!」
今度は光が筆を取って紙の上に絵を描いた。だが、それを見やると、佐為はお腹を抱えて笑った。
「ふっふっふ、あっはっはっは。光・・・光・・・止めましょう。こういうのを五十歩百歩というのです・・・ふっふっふ」
光は尚も抗議したが、最後には顔を見合わせて、また心から笑った。
笑いが治まると、しかし、光はいくらか神妙な顔をして俯いた。
「どうしました・・・?」
「その碁石・・・象牙で出来た大切な宝物なんだろう?」
「そうですね・・・その通りです」
「でも、おまえにくれたんだろう? 碁石減っちゃうじゃないか?」
「・・・もう一つ黒い碁石があります。同じ絵図が彫られたものですが・・・・・・碁石はね・・・たくさんあるから・・・いままでも多分、こうして、一つ減り二つ減り・・・を繰り返してきたのかもしれません。すでに記録に残ってる数からいくらか減っているのだそうです」
「ふーん・・・」
光は黙ってあぐらをかき、しばしの間床を見つめた。
明が言っていたことを思い出していた。正倉院の宝物はそれは貴重なものばかりなのだと。その碁石とて、大切なものではないのか? たとえたくさんある碁石の中のたった一つだといっても・・・。いくら掌に隠れてしまう小さいものだといっても・・・。それは国家の重宝ではないのか? そのような品物を簡単に佐為にくれてやる帝・・・・。そうなのだ、その珍しい美しい碁石を佐為に与えることが出来る唯一の存在は帝なのだ。そんなことは当たり前だ。分かりきっている。
光はにわかに、自分の無力さを思った。
佐為に、こうして何かをはっきりと与えることが出来るだろうか?
光は一年以上前に佐為の屋敷に住んでいたことを思い出した。そして、さらにこの前見た東の対のことを思い出した。答えは否だ。自分は与えられるばかりだ。物質的なことはそれでもまだいい。精神的なところでこそ、彼に求めるばかりだ。
教えて欲しい、知りたい、道を指し示せ と。
側に居て欲しい、支えて欲しい、愛して欲しい と。
光は、考え込んでいた為、何か適当な言葉を口に上らせていた。
「オレも見たかったな、その碁盤」
「ええ、光にも見せてあげたかった。興味深かったですよ。側面の絵図も異国情緒が漂っていましたが・・・、何より、私は盤面の星の数・・つまり花の細工の数の多さが気になりました」
「どういうこと?」
「いいですか、光。正倉院の碁盤は数百年昔、唐土から渡ってきたものなのだそうです。碁盤にある星は最初に石を置く位置を示すものです。星はその当時の大陸ではあくさんあった、ということではないでしょうか?つまり今よりも多くの石を盤面に置いて打ち始めていたのではないかと思うのです」
「へぇ・・・じゃぁ、昔より置石が少なくなったってこと?」
「そうなのかもしれません・・・光、どういうことか分かりますか?」
「う・・・ん、そりゃ、盤面が広くなったってことだ」
「その通りです、前にも言ったことがあるでしょう? もしも星の石がなかったらどうだろうかと。そうしたら、どう布石を敷くのが良いのだろうかと」
「うん、聞いた。覚えてる」
光は瞳を輝かした。
やはり、彼とのこうした時間は黄金のように輝いている。そう思った。
つづく半刻をまた様々に語らいながら、二人の時間は過ぎていった。こうやって語り合うことは本当に心に躍動と歓喜をもたらした。存分に語り合い、石を打ちあった後、ふと会話が途切れた。
別に途切れたからといって、気まずくなどならない。一緒に暮らしていたのだから分かる。そういう時は、ただ一緒に寄り添っているだけでよかったのだ。
だが、佐為がいつものように黙って佇んでいるだけなのに対して、光は何時に無く思い惑っていた。どんな時でも光はくどくどと考え込むような性質ではなかった。だが、さすがに躊躇していた。落ちつかなげに視線を彷徨わした。しかし、少しすると口を開いた。
「・・・佐為」
「ん・・・?」
しかし、次の言葉まで間があった。佐為は訝しげに光の言葉を待つが、いつもの快活な様子と少し違う。思いつめたような瞳は俯きがちだった。しばらく後、やっとこんな言葉が聞こえた。
「接吻しても・・・いい・・・?」
佐為は、不意打ちを食らった。しかし、直ぐに事態を察した。見れば、光はあまりにも切ない瞳をしていた。それは自分を痛切に求めている眼差しだった。彼はそんな少年の顔を見て胸に痛みを覚えた。同時にそのあまりに切々とした眼差しに気圧された。彼は戸惑いながらも黙って頷いた。
光は佐為の傍らへ行くと、彼の肩を掴んだ。
そして少しぎこちなく顔を近づけると、彼の唇に自分の唇を重ねた。佐為は瞳を閉じ、ただ黙って光の接吻を受けた。
その指先も唇もまだ若くて慣れないのに、奥に潜む意志は強かった。そもそも光は万事に渡って臆するということを知らない少年だったのだ。最初肩に置かれた手は、溢れる想いと共に佐為の頭部へと滑っていった。そして軽く触れただけの唇を離すと今度は違う角度で再び彼に口付けた。
佐為はしばらく光のこのような情熱的な行動をただ受け入れているだけだった。しかし、ついには堪りかねたのだった。彼は自分を求める細い体を抱きしめた。そして、今度は若く瑞々しい唇を割って押し入ると、舌を絡めた。
少しして唇を離すと囁いた。
「こういう風に・・・光」
「・・・うん・・・」
光は言われた通りにした。
今までに何度か口付けを交わしたが、彼の唇の奥に自ら忍び入るのはこれが初めてのことだった。官能の波に襲われ頭の中は真っ白になった。
しばらくすると、唇を離した。光は佐為の首に腕を回して抱きしめた。そして箍が外れたように必死に訴えた。
「おまえが好きだ、佐為! 気が狂いそうなんだ。どうしたらいい? おまえが好きで好きでたまらない。時々苦しくなる・・・知ってるじゃないか。オレを愛しているって言ったろう? ・・・何故、こうして接吻してくれない? 嵐山でおまえに再会した時みたいに。あんな風にして欲しい。どうして・・・? オレは筑紫で、何度もおまえの夢を見た。そして夢の中でおまえと口付けた・・・佐為! おまえとずっとこうしたいと思っていた・・・オレは・・・オレは・・・」
またしても・・・求める言葉を彼にぶつけていた。
「光・・・」
佐為は遮った。何も包み隠すことのない、ありのままの想い・・・自分に対する強い渇望。佐為はいよいよ堪りかねた。瞳をしばたかせると彼は脇息を脇へ押しやった。そして光を畳の上に倒し、その上に自分の身を重ねた。
我を忘れたように、少年に口付けの嵐を降らせる。唇に、頬に、耳に・・・。首筋に口付けると、衣の上から少年の体に手を這わせた。光が小さく声を上げたので、佐為は一瞬手を止めた。
光の脳裏に昔の記憶が蘇った。以前もこんな風にされたことがあった。あの時は本当に幼かった。自分は思わず逃げ出したのだった。だが今は、一瞬躊躇った彼に愛撫の続きを促した。
佐為は光の水干の紐を解いて、肩から衣をずらした。そして単衣の合わせから指先を差し入れ、光の胸に手を這わせた。肌に直接触れられると、光は恍惚とした。
単衣が緩められた。華奢だが薄く筋肉がつき、以前よりも大分男らしくなった肩が露わになった。佐為の唇はその肩から喉元に・・・喉元から胸へと這っていった。
しかしこうして少年の体を愛撫するうちに、佐為はあることに気付いた。そしてくぐもった声で言葉をかけた。
「光・・・あ・・あ、傷痕が・・・まだこんなにも残っている・・・まだ痛みますか・・・?」
そう言いながら、肩から腕にかけて残る傷に優しく触れ、いとおしげに接吻した。
光はそうされて半分気が遠くなりそうになった。だが、必死に言葉を搾り出した。
「・・・う・・ん・・・いや、大丈夫・・・だ・・・これはもう・・・大丈夫・・・だ」
「可哀相に・・・まだこんなに痕が・・・ああ光の綺麗な肌に・・・なんて痛々しい・・・」
「大丈夫だって・・・言ってる ・・・佐為、そんなことはいい・・・いいんだ・・・」
光はもどかしげに佐為の唇を求めた。
応えるように佐為は再び光の体を愛撫した。そして水干を着込めていた袴を緩めると下肢に手を這わせた。
交わす吐息は、屋敷中に掛けられた菖蒲の強い香りに混じりあい溶け合って、空気を震わせる。光は佐為の香気に包まれ、頭の中は再び真っ白になった。
しかし、その時だった。
突然、佐為の動きが止まった。光は最初気がつかなかった。何故、彼が急に動きを止め、蒼白な顔をして起き上がったのか。
「佐為、どうした・・・ 何故、やめる?」
光は訴えた。
しかし、尚も彼は蒼白な表情のまま、今度は慌てて自分が緩めたはずの光の衣を元に戻しながら言った。
「光、早く衣を着て・・・! ああ、忘れていました! 悪かった、すまない、許してください。今日はあの子が来ることになっていたのでした・・・ああ・・・忘れていたなんて・・・私はなんと愚かな!」
佐為は、そう言うと、慌てて自らの衣の乱れも直した。
この時になって、ようやく光にも事態が飲み込めた。そう、何処かから声が聞こえてくる。そうだ、誰か訪問者がやって来たのだ! 佐為はそれに気がついたのだ。そしてその訪問者の声はいよいよ、耳にさやかとなった。
「佐為! 佐為ったら、何処!?」
屋敷に響き渡る遠慮の無い甲高い声。その声は意外なことに幼い声だった。ばたばたという童子独特の足音と共に次第に大きくなっていく。光は混乱した。
「何・・・どういうこと!?」
光は呆然としながらも、他に方途があるはずもなく、とにかく彼に促されるままに起き上がった。そして、几帳の陰に隠れて乱れた衣を直すより他なかった。
佐為はといえば、慌ててその訪問者を出迎える為に母屋を出て行ってしまった。
取り残された光は衣を整えながら、酷く哀しい気持ちになった。今まで居た金褐色の麗らかな陽光の中から、まるで突然寒色の寂しい泉の中に落とされたような気分だった。そのことにはっきりと気付いたが、自分ではどうしようも無かった。
つづく
註:正倉院の碁石はヒカ碁コミック10巻の表紙折り返しをご参照ください。現存するものは最初にあったであろう数から大分減っているそうです。で、こんなこともありかなと考えました。
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