豊穣一
光は今無心だった。不思議な程、胸の内は静かだった。眼前には下界と神域を隔てる帳が下り、不透明な光を放つ白い装束が遠くに霞んで拝せられるのである。この瞬間の光の胸の内側の情景を喩えるなら、この上なく凪いだ月夜の海原のようであったろう。それはまるでいつか筑紫の夢境に見た葦原の深く静かな情景を連想させた。
しかし今、この神々しいしじまはまた別の異彩を放っている。葦の原で見た星空と違わぬ美しさなのに、もっと近寄りがたく、はるかに硬質なもので出来ているかのようだ。星の葦原では光の体は虚空に浮いたが、此処ではしかと足が地面から離れず、自らの体の質量を感じずにはいられない。
やがて暗い帳の奥に白い衣が鈍く光を放ちながら翻った。と同時に、今初めてこの瞬間、此処で光の耳に音が届いた。音とは声である。声とは、この国の主である天子の声であった。
「其の以てする所を視、其の由る所を観、其の安んずる所を察すれば、人いずくんぞ隠さんや、人いずくんぞ隠さんや」
天子はこう言うのだった。
その声は光を射抜いた。それまで無心の境地に居た光を、現実に引き戻すには充分な力を持っていた。何故なら、光は今まさしく二年と半年ぶりに、そして二年と半年の間あらゆる意味で己が運命を揺さぶってきた大きな存在・・・全く手に負えない、全く自分の力が及ばないという意味での怪物・・・あるいは光にとって人知を離れた天や地の所業に近いという意での脅威・・・そのような存在と対峙することになったからである。
今光の前には天子がましますのだった。耳に響いた声は天子が直接光に向かって語りかけたものである。
何故このような状況がもたらされたのだろうか。
それは数日前のことである。光が帰宅すると、あかりは袿の裾を上げ、胸には掛帯をしていた。明らかに外出をしようという支度である。光は驚いて言った。
「そんな格好をして何処にいくんだ?」
「じっとしていられないの。お参りに行ってきます」
あかりは光の方を見ないで、ひっそりとそう言った。あかりの態度が何処と無くそっけない。いや暗い。ここ数日の彼女の陰気な態度には、光もぼんやりと気づいていた。しかし、光の脳裏にその事実はあまり長い間留まらず、いつも他のことが直ぐに頭の中を占めてしまうのだった。
「お参り・・? もしかして東宮様のことで?」
光は尋ねた。
「ええ・・・」
やはりあかりは光を見ずに答えた。しかし光が何も言わずにぼんやりとその場を立ち去ろうとすると、彼女は初めて光の方に顔を向けてその背中を引き止めるように急いで尋ねた。
「今日も東宮様のご容体は変わっていなかったのでしょう」
光は立ち止まり、振り返って答えた。
「ああ・・・。お悪いようなんだ」
「夕星様からもお文を頂いたの。夕星様はとても心配してらっしゃって・・・。私もいてもたってもいられなくなったの。少しでも早く東宮様が回復なさるよう祈ってきます」
「そうか・・・」
光はそう言ってその場に少し佇んでいた。が、あかりが裾を上げる為に巻いた帯のあたりのふくらみにふと目が行くと、やっと魂がいくらか戻ってきたように光の瞳には本来の優しさが灯ったのだった。
「その体で出かけるのは、しんどいんじゃないのか? 無理するなよ」
幾日かぶりに聞く光の親身な声である。
「・・・・大丈夫。どうしても行きたいの」
あかりは堪らず少し泣きそうな顔になった。しかし結局光はそれ以上あかりを引きとめることはなかった。
そうして数日が過ぎ、迎えたのが今日である。東宮御所では数日来の東宮の容体の悪さから、病平癒の祈祷が行われることとなっていた。光も東宮坊の末席に連なる一員として祈祷に参加する為に再び東宮御所へ伺候していたのである。陰陽寮の陰陽師達が祈祷を取り仕切っていたが、しかしここに明の姿はない。今は公になった行洋の葬儀で忙しくしていたのはもちろん、服喪の為しばらく参内は出来なかったからである。
さて、ここにもう一人。昭陽舎にはほとんど足を運ぶことの無かった人物が現れた。祈祷所にやって来たのは、公卿の誰かではなく、己が皇子の為の祈祷に訪れた父、帝である。東宮坊の官人達は帝のお目見えとあって、尚の事、東宮の病平癒への祈願の熱意が高まったのだった。
しかし、一人だけ他の誰とも違う心持ちで、つまり東宮の病とは全く離れたところで、天子の来訪を受け止めた者が居た。
光は、今日天子の来訪があるかもしれないことを知っていた。しかし実際、それが現実になってみると、こんなにも早いうちに天子に近づくことになろうとは、と驚かざるを得なかった。まるで時を合わせたかのように感じられる。しかしこの邂逅は、佐為の許を訪れる決心をした時、既に覚悟していたことである。佐為に逢えば、何処かで天子とまみえることになる、そう思っていた。自分が今佐為に逢えば、どれだけかの上の逆鱗に触れるか、あの二刻半の間に何度も何度も考えたことだったからである。佐為の許に赴く以上、今度は本当に自分は殺されるかもしれない。何か自分の身に起こるかもしれない。そう覚悟していた。
これは直感というものである。東宮の病気は偶然ではない。起こるべくして起こったのではないだろうか。帝が自分の許に来るためにこの偶然は天よりもたらされたものにちがいない。そのように光には感じられた。
かくて、帝が東宮のことを尋ねるために、東宮付きの学士の補佐役である光が帝の御前に上がるよう呼ばれても、誰もそれほど不思議にも思わず、また光自身も今度はそれ程驚かなかった。むしろ来るべきものが来たと光は思ったのだった。
このようなあらましで光は天子の御前に上がることになったのである。
祈祷所を離れ、昭陽舎の南廂に下がる御簾の外に光は案内され、そこにひれ伏した。帝がましますのは廂を挟んでさらにその奥である。白い引き直衣の裾を崩し、脇息に寄りかかった帝は遥か下座の御簾の外の簀子に伏す若者の姿を一瞥すると、蔵人に向かって何か言ったようだった。
だが、光にまでその声は届かない。蔵人は光のところまで来ると、御簾の内に上がるように告げたのだった。
光はこの時まで不思議な程無心で、かつ落ち着いていた。官人たちに何を囁かれようと、それが蔵人の声であろうとも、東宮学士の言葉であろうとも心が乱れることはなかった。既に運命を受け入れようという覚悟が全身を満たしていた故か。そして人払いがされた後、初めて光は帝が自分に直接話し掛ける声を聞いたのである。
「其の以てする所を視、其の由る所を観、其の安んずる所を察すれば、人いずくんぞ隠さんや、人いずくんぞ隠さんや」
帝はそう言った。
・・・・・・・「論語」・・・!? 光には判った。天子が口にしたのは「論語」の為政篇に出てくる言葉であると。
続いて天子は言った。
「くつろぎてかしこまらず、昔のごとく思うところのままに語るべし」
光はここで再びはっとした。天子の前だからといって畏まることなく、以前のように胸に思うところを包み隠さず述べよと言われたのだ。
しかし最初の「其の以てするところを視・・・」から始まる言葉は知っていた。筑紫の地で読み返し、学んだ言葉だった。「論語」は光が筑紫で最初に紐解き始めた書物である。世話になった同僚の家にあったものだ。天子が開口一番口にした「為政篇」のこの言葉についても、学問のあるその家の父君が、進んで光に講義したものである。
人の行いには動機というものがあり、それをいかに育み、いかに振舞うものか観察すれば、人は自らの有り様を隠すことなど出来はしない。人間の観察法について述べた言葉であると教えられた。そして帝は孔子の言葉に付け加えた。胸に思うところを隠さず述べよ、と。「昔のごとく」とはかなりな皮肉を感じずにはいられないが、それよりも全体を通した意味の方が光を圧倒した。つまり自らの前に偽りは通用しない、だから全て正直に答えよ、そう言っているのである。
光は頭を垂れ、床を見つめながら、強烈な先制を受けたことを悟った。後半の言葉だけならば、皮肉まじりではあるけれど萎縮せずにまた遠慮することなく、語るように促した言葉であろう。しかし違う、これは尋問だ・・・! 今から始まるであろうこの対話は尋問に違いない・・・! 光はそう思った。
帝の声は静かだったが、光が見つめる床はまるで鉛で出来ているかのように自分の体ごと地中に沈んでいくように感じられる。錯覚で気が遠くなりそうだった。
光に聞こえたか聞こえなかったか。帝は続けて東宮の様子を尋ねていた。東宮の碁はどのようなものかとも下問していた。
しかし、何かが弾けたかのように、光の全身は震え始めた。床に突いた手はまるで機械仕掛けのようにガタガタと震動が止まらず、背中と額からは汗が噴出して仕方がない。いや、実際に今自分がどういう状態にあるかさえ定かでないほど、光は全身の血が逆流するのを覚えた。袖に覆われてはいても、その震えは隠すことが出来ないし、激しい鼓動は天子の耳に届くのではないかとさえ感じられる程だった。
さて天子にとっても、二年と半年ぶりにその姿を見る光である。なんと自分の前にガタガタと震えている。そのことに天子は直ぐに気が付いた。が、しかし顔色を変えなかった。相変わらず、脇息に寄りかかり、まるで庭の木でも眺めるように、目の前の若者を無言で眺めるのだった。ただこの時、もしここにあのいつもの内侍が居たならば、天子のごく僅かな感情の変化に気づいたに違いない。光は今いかにも哀れだった。狼に怯える野兎のようだった。しかし、無表情な天子の瞳には、実は僅かな疑問が浮かんでいたのである。内侍くらいにしか読み取れない表情の変化である。彼女なら天子の胸の内をこう説明するであろう。「上は荒地にたむろする野犬をご想像されていたのに違いない。しかし、現れたのは実は痩せた野兎だったことに、拍子抜けしておられるのである」と。
光はどうしようもなくガタガタと震えながら、先の帝の言葉だけは頭の中で反芻する努力を忘れなかった。
ただいたずらに恐れおののき、緊張し、震えるだけで何になろう。そもそも自分は今何故震えているのか? あれほど覚悟を決めていたことだったというのに。光は自分が恐れおののく理由を必死に考え始めた。すると震える一方で、光の思考は飛翔を始めたのである。
さぁ、以前の自分を考えてみよ。満開の桜の宴にて、自分は何も恐れはしなかった。何故だ? 帝の前に震え上がるなどとんでもない。むしろ僅かにも臆することなく、遥かに上段の人間達に楯突いたのではなかったか? あれは何故できた? 何故、寸分も恐れ入ることがなかった? ああ、今なら分かる。勇敢だったからか? いやそうではない、決してそうでは。あれを勇敢というのではない。そうだ、そうなのだ、今ならはっきりと分かる。愚かだったのだ。矮小だったのだ。学ばざるがゆえに暗かったのだ。無鉄砲といいこそすれ、決して勇敢などではない。時に応じて畏まることを知らなかったのだ。事実、時を誤ったが為に、最も護らなければならない人を却って窮地に陥れてしまったのではなかったか・・・!
そしてもう一方で、学問を修める以前の本来の気性のままの光が考えた。
そうだ、ここで殺されれば本望だ。何を臆することがある!? すでに覚悟を決めていたはずではなかったか・・・!
光の二つの意識がそれぞれに結論を出すと、不思議とぱったりと体の震えは止まった。そして言葉はひとりでに口をついて出てくるのだった。
「『くるしみて、これを学ぶはまた其の次なり(論語・季氏篇)』私はこれでございました。辛うじて、『くるしみて学ばざる』最低の人間となることは免れたのでございます。学ぶ機会、すなわち筑紫の地にて苦しむ機会を与えられ、幸運であったと感謝申し上げております。これは偽りのない私の胸の内でございます」
光は落ち着いた声でそう言上した。
天子が先に引用した「論語」の中から、まさしく自分を言い当てた言葉だと思った他の句を、光は引用し返した。つまり「論語」に対して「論語」で応えたのである。
帝はこの返事を聞くと今度は内侍ではなくても判る程、顔色を変えた。姿勢こそ変えなかったが、明らかに先ほどとは違う顔で光を凝視した。
そして帝は命じたのだった。光に面を上げるように。それまでひれ伏していた光は初めて、帝の前に顔を上げた。帝は光の顔を見つめると、一瞬瞳を瞬かせた。先ほどまで滴らせていた汗で、額にはまだ光るものがある。しかしその面差しは二年半前に見たものとは違っているような気がした。天子はさらにこう言っていた。
「余を見るがよい」
面をあげても床を見つめていた光にさらにこう命じた。天子には光の瞳を見る必要があった。
光は言われた通りにした。帝の目に予想もしないものが飛び込んだ。彼はしばらく言葉を失っていた。記憶の中にあった光の姿が、今眼前にある若者の佇まいとまるで一致しないことに愕然とせざるを得なかった。驚きから発する焦燥を、努めて取り戻した無表情の下に今一度抑え込むと、こう尋ねた。
「そなたには学士の助けをするだけの素養があると聞き及んでいる。また今、そなたの言葉からも以前の在り様とは大分違うことが判る。学ぶ機会を得たと言ったが、それはどういうことか」
光は答えた。
「学士殿の補佐を致しますのは、囲碁に関してのみでございます。学問は恥ずかしながら、いまだにありません。ですが、大宰府に居た折に私は愚かな自分が恥ずかしくなり、今一度、昔紐解いた漢籍を手にとり、再び読み始めたのでございます」
・・・「愚かな・・・自分」。今、光が言った言葉を、帝はにわかには飲み下し難かった。しかし、少しの間を置くと、尋ねた。
「何故恥ずかしくなったのか?」
「都を離れ、近しい人びとから離れ、筑紫の地にて一人になり苦しんだときに、様々な人に出逢いました。筑紫の人々と接するうちに、私は自分の未熟さに気付きました。それまで、愚かで未熟な自分は、実に多くの人々に支えられて生きて参りましたことを知ったのです・・・。そして官吏となりました時からは、とりわけ師に・・・、我が師に護られていたことを知りました」
「師」という言葉に帝がかすかに眉を動かしたことに気づいたが、光はそのまま続けた。
「多くのことを学び、自分を成長させたいと願いました。大恩ある師をこの先は辱めまいと、必死に学んだのです」
「では、そなたの今ある学問の素養は師の教えではないのか」
「以前は師からは碁の教えだけを受けていました。師は私に強いて学問をせよと一度も言ったことはありません。しかし、主上の赦しを頂き、都に戻ってからは、師は碁以外にも学問を教えてくれるようになりました。師の態度とはいつもそのようなもので、時を自然に計る天賦の才によるものではないかと思うのでございます。師は「学問をせよ」とは言いませんでしたが、思い起こせば以前から折に触れ、漢籍の一節を其の時々の出来事に合わせ、説く・・・いえ語ることがありました。身を入れて学問をするようになってから、改めてそれらの意味を悟り、そのことを有り難かったと思うようになりました」
光はそう言上した。
「・・・・・・・・・・時を計る・・・天賦の・・・才」
帝は小さな声で、光が佐為を褒め称えた言葉をつぶやいてから、下問を続けた。
「そして・・・今になって、それが有難いことと気づいた・・・と」
「はい・・・」
「・・・・・・・・・大宰府で、自分の愚かさが恥ずかしくなったと申したが、大宰府はそのようにそなたに覚醒を促す地であったのか」
「大宰府は・・・私を・・・その掌に抱き、暖かく育んでくれました。かの地で多くの素晴らしい人物と出逢いました。誰もが私に多くのことを教えてくれました。かの地で得た経験は何物にも替えがたい財でございます。主上に大きな無礼を働いた私を、軽い処遇をもってお許し頂いただけでも、感謝に絶えませんが、先にも申し上げた通り、あの地に私をお遣わしくださったことを、さらに深く深く感謝申し上げます」
「学問だけでなく、そなたは随分と話し方が変わった。ではそなたに礼節のある話し方を誰が教えた?」
「夕星女御様の女房をしております妻が、宮廷での礼儀作法を私に教授しました」
「・・・・なるほど。そういうことか」
帝は何か腑に落ちたようにそうつぶやいた。
「そなたの妻は、東宮妃の信頼が篤いとか。そもそもそなたを推薦したのは東宮妃である。どうやら、そなたには師がたくさん居るようだな。妻にまでも教えを受けたと・・・・。そなたの妻は身重と聞いたが、随分と遅くまで宮仕えを続けていたようだが」
何かを探るような目で帝は光に尋ねた。そして、今までは淀みなく答えてきた光は初めて、言葉に詰まるのを覚えた。
「申し訳・・・ありません。夕星女御様を大変慕っておりますので、なにぶんにも、私より・・・女御様の言葉を優先するのでございます」
帝は探るような視線を緩めず、さらに尋ねた。
「大事な妻が・・・月の半分以上、いや、ほとんど宮仕え・・・しかも身重の体で・・・世の常識をわきまえているのであれば、即刻退出させるべきとは思わなかったか」
「重ね重ね・・・・お詫び申し上げるより他ありません」
光のこめかみに汗がにじんだ。
「そなたの妻は・・・、いや、そなたの縁談は、そなたの後見でもあるそなたの師が薦めたものであると聞いているが」
「・・・・はい・・・・・・・いえ、師は・・・、師が・・・、確かに病に掛かった私を妻の家に預けました・・・そして」
「・・・もうよい。そなたは余の言葉に従い、嘘偽りない言葉を口にしているようである」
「・・・・・・・はい・・・・」
やはり光はこめかみににじむ汗を止めることが出来ずに答えた。
「ところで、そなたは都に帰りたくはなかったのか? 大宰府はそれ程までに良き処であったというのか?」
「はい。良い処でございました」
質問が変わると、光の瞳に自信が戻ったことを天子は見逃さなかった。そして続けた。
「そのように良いところであったと・・・? では、そなたは都に戻りたくはなかったか? 都に召還した余の配剤は迷惑であったか?」
「いえ、そのようなことはありません・・・! 確かに大宰府は私に試練を与え、学ぶ機会を与えた地でございます。ですが、常に私の心は都の師の許にありました。片時たりと、師の存在を忘れたことはありませんでした。師の許を離れたこと・・・・これこそが私の最大の苦しみでした。都にお戻しくださった主上の慈悲深い御心は感謝に絶えません。大宰府に居る間、私は常に師の許に飛んで帰りたいと心の底から願っておりました」
「くるしみて学ぶは・・・其の次なり・・・・・・・つまり、学ばんとする動機は、師と離れた苦しみによるものだと・・・・そなたはそう言うのか」
帝は次第に表情を崩し、眉間に皺を寄せて尋ねた。
「はい・・・・! 師のことを考えれば、どのような試練にも耐えることが出来ます。師を辱めまい、今度こそ・・・何時の日か都に帰ることが出来たら、胸の誓い通りに師を護りたい、いえ護れる力をつけたいと、そう考えました」
光の心の目には、今は凪いだ海原ではなく、いつしか広大な景色が広がっていた。何故そのような景色が見えるのか不思議だった。今その情景を、眼前の天子に伝えたい、その想いで光の胸は満ちてくるのだった。いかにも不思議だと、意識の片隅では首をかしげながら・・・。
つづく
註:光が「論語」から引用した句の全文は「孔子曰く、うまれながらにしてこれを知る者は上なり。学びてこれを知るものは次なり。くるしみてこれを学ぶは又其の次なり。くるしみて学ばざるは、民これを下となすと」です。
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