月夜の長話

後日談

 

 それから何日かが過ぎた。
 いつものように光は佐為の昇殿中に内裏の庭をぶらついていた。そこへあかりがやってきた。
「ねぇ、光!どう。あの巻物を読んでみた?」
「ああ、読んだ、読んだ!」
光はしたり顔で言う。
「そう!良かったでしょ、ねえ。」
「そうだなー、なんかよくわかんねーけど、光君って年端も行かない小さな女の子を貰ってきて、自分の理想の妻にする為に育てるっていうのがちょっとな・・・・。なんかやりすぎじゃん、それ?ロリコンなのかな・・・・・ちょっときも・・!」
 バシっ!
 光は背中を思いっきり叩かれて、よろけてしまった。
「な、何するんだー!てめーっ!」
「なんでそこまであらすじ知ってるのよ!?私が貸したのはまだ全然そこまで話行ってないのに。あーー分かったわ!佐為様にあらすじを聞いたんでしょう!!もう光ったら、さいってー!」
と言ったかと思うとあかりはぷいっと向きを変えて行ってしまった。

「ひゃー、そうだったんだ。あれってば、最初の方しか載ってなかったんだ。なんだよ、佐為のやつ、そんな先まで話しちゃってもう・・・・。あいつのせいだぜ、痛ってーーー」
「なんですって、光?誰のせいですって」
「うわぁぁっ、なんだよ、佐為!居たのかぁ」
後ろを振り向くと佐為が憤然とした面持ちで立っていた。
「大体光が面白がって、『それでそれで、その後はどうなったの?』とか言ってず〜っと私に聞いてきたんじゃないですか。もうあの日は延々ずっと源氏の話をしてて、夜遅くなってしまったから、あなた私の屋敷に泊まってたでしょう。褥(しとね)に横になってからも、『それから、それから』ってしつこかったですよ。」
「あー、あの日なぁ。だって佐為って話上手いんだもん。よくあれだけ空で話せるよなぁ。碁ばっか打ってるくせに何時本読んでんだよ。おまえマジで。」
「光っ!私は次の日、寝不足で辛かったんですよ。光はいつまでも私を寝せてくれないし、やっと寝たかと思うと寝相も悪いし・・・・。光に蹴られてあざが三箇所も出来たんですからねー。も〜〜〜!」
「えへ、えへへへへへ。」

 木漏れ日の心地よい麗らかな宮中の庭園。紫宸殿と清涼殿を繋ぐ渡廊からいかにも睦まじい二人の様子を訝しげに見つめる男が居たことに二人は気がつかなかった。
 男の目は曇っていた。佐為と光の二人が晴れた陽光のような眼差しというなら、この男の目は暗い雲で覆われて濁っていた。濁った雲を何と呼ぼう・・・。
 これを見たものが居るなら、またその者が少しでも聡い者なら迷わずこう言うだろう。濁った雲の名は「妬み」であろうと。

 しかし、そこには本当に偶然居合わせた「聡き者」がいた。賀茂明だった。

つづく

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